ぶんぶんのへそ曲がり音楽日記

オペラ、管弦楽中心のクラシック音楽の音楽会鑑賞記、少々のレビューが中心です。その他クラシック音楽のCD,DVD映像、テレビ映像などについても触れます。 長年の趣味のオーディオにも文中に触れることになります。その他映画や本についても感想記を掲載します。

タグ:世界史

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2019年5月2日

「イエス・キリストは実在したのか?」、レザー・アスラン著、文春文庫

著者はイラン人で元イスラム教徒だという。現在はクリスチャンらしい。その彼がイエス・キリストの実像を描いた。本書の膨大な裏付け資料は文庫本で100ページに上るもの。新約聖書の福音書や使徒言行録、パウロなどの手紙の他ローマ側の資料、ヨセフスというユダヤ人の書いた歴史書など広範である。そして浮き上がったイエス・キリストという人物はいかなるひとだったのか?

 それは父と子と聖霊の三位一体というイエス・キリストとは全く別人のような印象であった。彼は熱血的な革命家であった。ローマに支配されたユダヤを解放する自称メサイアであり、その解放を実行するためには暴力を辞さなかった。そしてその当時のユダヤにはかくのごときメサイアが何人も出現したという。イエスは貧しい無学な(文盲である)、大工と云えば聞こえは良いが、日雇い労働者だった。彼の覚醒はヨハネによる洗礼によるもので、ヨハネと同様荒野にて啓示を受ける。

 しかしあまた存在した自称メサイアのなかでイエスだけがいかにして残りさらに、世界宗教になっていったか?それは後半のクライマックスであるが、キリストの磔刑の後のペトロや弟子たち、弟のヤコブそして回心者のサウル(パウロ)らによるものである。

 なお原題は「ZEALOT・The Life and Times of NAZARETH」である。ZEALOTとは熱血漢つまりイエスの事である。そしてイエスの登場はユダヤ人の被征服者としての事実におおいにかかわっていたのである。
 本書を読む際には新約聖書を手元においたほうが良い。これは目からうろこのイエス論である。〆

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2019年4月16日

「帳簿の世界史」 ジェイコブ・ソール著 文春文庫

簿記、会計(accounting)の受容史と世界の歴史を絡めた興味深い作品。いわゆる複式簿記が始まったのはイタリアということで、ルネサンスの時代の膨大な帳簿(ダディーニと云う商人)が実存している。メディチ家の繁栄もきちんと資産と利益を把握した帳簿を残したからだという。しかしこれから繰り返されるのは帳簿で資産・損益をはじき出す一方で、帳簿に対する忌避行為も存在し、長い世界史の中でシーソーのようにこの二つが行ったり来たりする。メディチ家で新プラトン主義が帳簿の邪魔をする。
 そしてその後近代になってオランダ、フランス革命前のフランス王政、産業革命のイギリス、独立を勝ち取ったアメリカでも締めたり緩めたりの繰り返しになる。
 現代になると「経営」自体が大規模になり、帳簿・会計側が追い付かない事態になる。それがエンロン事件やリーマンショックの背景だという。
 もう少し昔の帳簿をはっきりと図解で見たいところだが、興味深い絵画も交えた、ユニークな世界史といえよう。

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2019年2月27日

「ハンニバル戦争」、佐藤賢一著、中公文庫

紀元前3世紀のローマの危機、すなわちハンニバルのローマ侵攻について、史実を骨格に、フィクションも織り交ぜ、描いた。佐藤氏の著作はみなとても読みやすく、今回も同じ。

 ただし、ここではハンニバルが主人公ではなく、ハンニバルと3度戦い敗れたスキピオの立場で書かれている。スキピオが17歳のころから、ザマの戦いで勝利を得るまでの苦難、苦悩が軸である。ハンニバルの天才的な戦術に、ローマ軍は完膚無きままに打ち破られ、イタリア半島の最大の激戦、カンナエの戦いでは、包囲殲滅作戦により、ほぼ全滅に近い7万人の犠牲を出した。包囲殲滅作戦とは中央の重装歩兵と両翼のヌビア騎兵の電撃戦との連携によるもので、古来の戦史の中でも燦然と輝く作戦である。
 スキピオはそのカンナエの戦いから逃れられた数少ない将校であり、彼はこの敗因について徹底的に研究し、ハンニバルの作戦を学習する。
 本書の第一部は「カンナエの戦い」で、ピレネーを越えたハンニバルのローマでの負けを知らない幾多の戦いを描く。もちろんそれは打ち破られたスキピオの視点で描かれる。
 第二部は「ザマの戦い」でハンニバルの戦略を学習したスキピオがイベリア半島での戦いでそれを実践し、やがて、アフリカでのハンニバルとのザマでの戦いで勝利を得るまでを描く。
 スキピオの描写が少々ユーモラスな点が気に入らないが、反面同じ天才でも天賦の天才型のハンニバルと努力型の天才のスキピオという構図を明らかにしており、読み手にはわかりやすい描写であることは間違いあるまい。
 塩野七生さんのローマ人の歴史とは一味も二味も違う「小説」だが、面白いことは塩野ローマをしのぐ。
惜しいのは戦いの布陣図がカンナエとザマだけというのは寂しい。もう少し丁寧に各戦場を図示してほしい。また地図も簡単すぎて少し物足りない。小説だからいたしかたないとはいえ、歴史小説ならその程度の気配りは欲しい。

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