ぶんぶんのへそ曲がり音楽日記

オペラ、管弦楽中心のクラシック音楽の音楽会鑑賞記、少々のレビューが中心です。その他クラシック音楽のCD,DVD映像、テレビ映像などについても触れます。 長年の趣味のオーディオにも文中に触れることになります。その他映画や本についても感想記を掲載します。

カテゴリ: オーディオ

2020年12月11日

ライブで音楽を聴くことが次第に不安になってきた。というのは今秋音楽会が再開されたときには、座席は櫛の歯のように、空間を置いて配置しており密接接触を避けるようになっていた。ところが12/1に新国立の「こうもり」を聴きに行ったら臨席には人が座っていた。見渡すとどうも以前とは違う。私の記憶がまちがっていなければ発売した時には櫛の歯だったように思うのだが、劇場の係りに聞くとその後追加販売と云うことになったという。政府の緩和策によるものらしい。しかし隣に人のいるのはどうも煩わしい。こうもりの時は臨席の方はマスクを外していたので余計不安だった。

 その後、12/5の東響の定期にいったときには隣席に人がいるのは初めからわかっていたが、隣人の動きが煩わしくわざと接触するようにも感じられ、これも不安だった。そんなこんなで今週の今年の最後の二つの演奏会、読響の定期と都響スペシャルは残念ながら行かないことに決めた。政府が定員の緩和を決めたとはいえコロナの新規感染者が増大している中、感染者が少ない時より定員を安易に増やすというのはいかがなものか?政府が良いといえば何でも従うのだろうか?
 今年は第九もあきらめた。寂しい年末になりそうだ。来年は1/5から「サムソンとデリラ」をオーチャードで聴くことになっているが、果たしてゆけるかどうか?


 となると期待はオーディオだ。自室で静かに音楽を聴く正月になりそうだ。12月は恒例の「端子クリーン」による、端子の清掃月である。昨年はさぼったので、久しぶりだ。20以上の端子を所定の器具で掃除してゆくものだが、なかなかしんどい。でもいつも効果が大きいので止められない。
 一番大変なのはスピーカー側の端子の清掃だ。私のB&W社のシグネチャーダイアモンドと云うスピーカーはなんと端子がスピーカーの底にあるので、スピーカーを倒さないと清掃ができないという不便さがる。さすがに75歳に近くなると30キロ程度でもスピーカーを移動させるのは大変だ。でも今年はやった。
 しかしやってよかったのはなんと端子のつなぎ間違えをしていたのを発見したことだ。私のメインアンプのアキュフェーズのA-46はスピーカーはA,B2種類接続できる。しかし面白いのはバイワイアリングの高音側と低音側をそれぞれA,B端子につなぎ両端子で駆動させることができる。これを左右スピーカーをA,B逆接続してしまったのである。しかしAだろうがBだろうが同じアンプの駆動部なので違いはあるまいと思っていたら、なんと気のせいか?大きく違う。一つは音圧、ボリュームのレベルが低くてもいつも聞く聴取レベルに到達してしまう。それと各楽器の配置、特に木管はそれぞれがとてもクリアに聴けるようになった。これは端子クリーン効果もあるだろうが、接続がえによる効果もあるように思ったえ。
 内田光子の80年代のモーツァルト協奏曲も年代の録音の水準の違いがはっきり分かるし、彼女のクリーブランドとの弾きぶりのCDと比べると演奏が大きく変わっていることがよくわかるのだ。
 リンオーディオのバッハのオーボエとヴァイオリンとチェンバロとの協奏曲は編成の少なさもあって、ソロ楽器が眼前に浮かぶようだ。もうこういう録音を聴いていると止まらなくなってしまって、絶望的な音楽会は行く気にもならなくなる。
 でもライブはライブの良さはあるんだけどなあ!

 さて、音楽的巣ごもり状態だが、映画館も全く行かなくなった。そこでTVを買い換えた。いままでは32インチだったが、これを49インチに変えたのだ。しかも壁掛けにしてスペースセービングもはかった。
 いやあ、49インチは大きいねえ、毎年末必ず見るフランス映画「天井桟敷の人々」を見たが、白黒で35mmなので画面は狭くて、音も悪いが、見ているうちに気にならなくなるのはいつもの通り。この映画は私の脳内青春度の測定器である、この年になると随分とときめき度合いが少なくなるもんだと悲しくなる。ニンテンドースイッチの脳内検定だと大体50歳~60歳程度だが、青春度は50歳くらいかな(自己評価)。
 この映画で妖艶なアルレッティの顔が実物並みに見えるが、ドキドキしてしまう。大画面の威力だろう。DVDの映画は山ほどコレクションがあるので映画的巣ごもり生活も再発動だ。
 ついでに新国立の「トゥーランドット」をダビングしていたのを見たが、大画面で見ると実に細かいところがよく見え、私は新国立では前の方の席に座っていたが、TVでクローズアップしないと見えない部分がずいぶんあるんだなあと思った。演出家は劇場では見えないところに凝って無駄な金を使っているなあと思う。

 さて、こうなると家族以外の人とほとんど会えなくなる。スポーツジムはクラスターの不安が除ききれず今もって休会、ゴルフは免許を返上したので、移動手段が公共機関しかなく、乗るのが怖くて今年はゼロ。もうやめるか!
 数少ない忘年会も全部キャンセル。人と会うのはかかりつけの病院と薬局くらいだ。ああ日本語を忘れそうだ、ということで読書量は増えた。ヒアルロン酸入りの目薬をいれながらの読書。
 まあこの年でこんな絶望的で、好きなことがやれる時が来るなんて思っていなかった。

 ライブ音楽ブログはこれが最後、お読みいただいたみなさん、ありがとう。来年は良い音楽を沢山聴きたいね。〆

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2018年8月4日

「SACD盤の再生について~DP700の修理」

数年前からCDプレーヤー(アキュフェーズDP-700)でのSACD再生がうまくゆかない。オーディオショップに聞いても、仕方がないようなことをいう。しかもかかりにくい(具体的には音が飛ぶ)SACD盤は大体レーベルが決まっている。まず日本プレス版、その中でもエソテリック盤、オクタヴィアレコード、エクストン盤など。具体的にはエソテリックではカラヤン/カラスの組み合わせのカルメン、トスカ、アイーダ、サロメがかかりにくい。特にカルメン、アイーダが顕著。またインバル/都響のマーラーチクルスも音飛びが多い。
 さて、問題なのは飛ぶ箇所が不定期なことだ。これはひとつには製盤によるもののようだ。例えばマーラーの五番があまりに音飛びがひどいので、タワーレコードに相談したら、交換してくれた例もある。送られた盤は皆無とは言えないが音飛びが減った。しかし昔のレコードの製盤は日本のほうが良くて、音の迫力は輸入盤が良いというのが通念ではなかったのではないか?そういう自分の体験でいうと、本当に日本の製盤技術の問題だとは思えないのである。

 一方輸入盤でのトラブルは記憶がない。またシングル・レイヤー盤は当然のことながら問題ない。
そうした矢先にEMI盤プッチーニ「トゥーランドット」のSACD盤がタワーレコードから発売された。これはニルソン/コレルリの黄金コンビで、期待のSACD化であった。しかしここでも数か所、音が飛んでしまったのであった。タワレコのSACD化の盤で音が飛んだのは初めてだった。これではもう音楽を落ち着いて聴いていられない。ということでやっと腰を上げて、アキュフェーズのサービス部とコンタクトを取ったのである。
 しかしメーカー側もSACDについては少し歯切れがよくない。要するに音飛びのケースはよくあるらしいのである。まあそんな言い訳は聞いていられないので、何枚か問題ディスクを同梱してメーカーに送り返した。
 凡そ、3週間後、ピックアップなどの部品を交換して帰ってきた。早速いくつか聴いてみると、今のところ全く音飛びはない。メーカーは製品の劣化のような言い方だったが、根本的なところはよくわからない。それはどこで音飛びが発生するか、再現しないからである。どんな製品でも再現しないトラブルが一番始末が悪い。おそらく今回アキュフェーズ側は試行錯誤のの結果の修復だったようだ。相当な努力の跡は感じられた。

 しかし驚くべきことは、音飛びの改善の他、音質の改善効果も大きかったということである。特にバロック音楽、例えばカルミニョーラの古楽演奏など繊細感が際立って美しい。また効果はCD層にも及んでおり、例えば古いレオンハルトのチェンバロの音などあたかも眼前で鳴っているようにすら感じられる。これは9年も使っていたゆえの全体の経年劣化が元に戻ったというべきだろう。今は音楽を聴くのがとても楽しい。8月は音楽会はゼロなので自室でCDを聴きまくろうと思う。


 結局、どんな機械でも経年劣化は避けられない、それが音が落ち着くとかなんとかでごまかされてはいけないのだ。面倒でも異変があったら、まずメーカーと相談し、最悪の場合送り返して点検をしてもらうという労を惜しんではいけないのだ。
 しかし、これには問題がある。このDP-700というCDプレーヤーは箱を入れると30垓瓩あり、とても一人では運べない。10年前には2階の部屋に一人で運んだが70歳を過ぎた今、それは不可能である。結局ヤマト便の引っ越し宅急便というサービスで開梱までしてもらった。
 そのほかのプリやメインアンプも重いので、何かあったら本当に気が重いのである。こう考えるともう少し軽くて手軽な製品にしておけばよかったという気持ちもよぎらないではないが、今のシステムの満足度が果たしてそれで得られるのか、いくつになってもオーディオというのは、悩みが多い。

2017年12月25日

オーディオ装置の大掃除のあと、聴きまくっている。しかしこんなに劣化しているのかと不思議に思うが、1年間は長いということだ。
 昨日、今日と聴いて印象に残ったCDを紹介しよう。

まず、イザベルファウストのヴァイオリンのシューベルトの「ファンタジア」である。実はこのCDは2004年ころの録音だっと思うが、何となく冴えない演奏で、結局お蔵入りして、この曲はクレーメルの演奏ばかり聴いていたのだった。しかし先日ファウストの演奏したフランクの「ヴァイオリンソナタ」を聴いて、ありゃりゃ、この繊細な音はなんだと驚いてしまったのだ。もしかしたら掃除の効果かと思って、シューベルトを取り出して聴いたら、実に素晴らしい。これはクレーメルとは行き方が違うのである。やさしく繊細なこの演奏は、掃除の後のクリーンな装置でこそ味わえたのである。

 1992年の録音でブルックナーの七番を聴いてみた。アバド/ウイーンフィルの演奏である。実はこれは初めて聴く演奏である。しかしどうもしっくりこない。2楽章のあの美しい緩徐楽章がなぜかもっさりと聴こえるのだ。これは演奏なのか、録音なのか判定できないので後日リターンマッチの予定だ。

 ワーグナーの「神々の黄昏」1964年、ショルティ盤で第二幕を聴いてみた。SACD盤である。これはかなり驚いた。最初のアルベリヒとハーゲンの2重唱の空気感は久しぶりに味わった。そしてハーゲンの兵士たちを呼ぶ角笛、ハーゲンの歌、合唱の場面の音の広がりと定位の良さはお掃除の成果だろう。今秋ちょうど予習のためにこの録音を聴いたのだが、少し古めかしさを感じていたのだが、しかしそれは装置のせいだとわかった。

 フランコ・コレルリのアリア集、1960年初めのもの。これは相当古い音であるが、今回聴きなおして驚いたのは、良い録音とそうでない録音との差がはっきりと感じられたことだ。61年にキングスウェイホールで録音された曲は不思議なことに63年ころに録音された演奏よりもずっと鮮度が良い。指揮者の左にすっくと立つコレルリの姿が眼前に浮かぶようだ。あの頃が全盛だったのだろうか?
 実は1974年にメトロポリタンでコレルリのメット最後の演奏を聴いているのだ。カバレリアルスティカーナとトゥーランドットだった。私は感激して聴いていたけれど横のニューヨーカー(?)は叫んでるだけだと怒っていた。やはり盛りが過ぎていたのだろう。まあ余談です。

 最新録音から、今、飛ぶ鳥を落とすクルレンティスの「悲愴」を聴いた。演奏は別としてとても疲れた。それはDレンジが途轍もなく広いためだろう。したがって冒頭の音は相当注意しないと聴こえない。ボリュームを上げすぎると主部に入るとびっくりするくらい大きな音になる。弦の細かな動きが精彩にとらえられていて少々煩わしいなどなど。批評家によると大絶賛であるが(演奏)私にはカラヤンのほうが安心して聴けると思った。保守的ですね。クルレンティス/コパティンスカヤのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲も大変な評判をとった演奏だったが、正直言うと私は何度も聴くうちに飽きが来てしまった。でもクルレンティスのモーツアルトのダポンテ3部作は気に入っているのだから天邪鬼だと思う。特にドンジョバンニは素晴らしいを超えている。まあ余談でした。
 明日は何を聴くか今から楽しみである。

2017年12月21日

「オーディオ装置の大掃除」

我が家の年末恒例のオーディオ装置の大掃除だ。もう3年目になるだろうか?その効果に驚いたので毎年しんどいが続けるようにしている。掃除に使用するのはオプソル社の端子クリンというクリーナーである。以前にも書いたが高いので最初は躊躇するがその効果はすこぶる大きいのでコストパフォーマンスは非常に高いと思う。
 改めて我が家の装置を整理すると以下のとおりである。
  スピーカー:B&Wシグネチャーダイアモンド
  CDプレーヤー:DP700(アキュフェーズ)
  プリアンプ:C-2810(アキュフェーズ)
  メインアンプ:A46(アキュフェーズ)
  ケーブル:すべてAETで統一
今回掃除の対象はスピーカーが8か所(バイワイアリングのため)、CDプレーヤー3か所、プリアンプ5か所、メインアンプ11か所、電源ケーブル3か所である。もう3回目なので慣れたせいか約1時間で終了。早速試聴。その前にデノンのオーディオチェックCDで位相や音場などをチェック。とりあえず今日は以下の
CDを聴いてみた。

モーツアルト:交響曲第35番ハフナー(ベーム/ベルリン/1960)
       いつも試聴に使うのだが、一番の変化は音の広がりと定位の良さだ。いつもはよほど集中しないと聴こえないファゴットがはっきり聴きとれる。

ベートーベン:交響曲第2番(カラヤン/ベルリン/1962)
       これはSACDで聴いたが意外にもあまり効果が感じられない。演奏自身が古いスタイルだからかな?ノリントン、ガーディナー、ヤルヴィなどの刺激的な音楽に毒されたのかも(失礼)

モーツアルト:ピアノ協奏曲第20番(内田/テイト/1980)
       これも試聴用によくつかうCDである。ベームのハフナー同様音の広がりと定位が素晴らしい。ピアノの柔らかいタッチ、鋭い立ち上がりが見事である。30年前の録音だが全く古さを感じない。

ヴェルディ:オテロ(カラヤン/ウイーンフィル/1960)
      これも試聴によく使う。だいぶ古くなったが今回久しぶりに聴くとデッカのソニックステージの効果を改めて感じる。広い音場が素晴らしい。

ヘンデル:木管楽器のためのソナタ集(有田正弘、鈴木秀美他/1987)
     これも試聴用の一枚だ、各楽器の実在感もさることながら、改めて聴くとピタリと決まった定位が素晴らしい。

 今の装置にご不満の方、まずは大掃除です!

2016年1月27日

オーディオについては前回の我がスピーカー遍歴以降もう書くこともなくなってしまったと思っていたらとんだ落とし穴があったのだ。落とし穴というより機械に頼る油断である。

今年のレコード芸術2月号の「クラシック再生のためのオーディオ・アクセサリー」という欄でOPUSOLU端子クリンという製品の記事があった。オーディオ機器の端子のクリーナーである。そう云えば2011年にアンプをアキュフェーズに変えてから一度も端子類を清掃していなかった。昔は年末になるとスピーカーからアンプまで丁寧にクリーニングしていたのだったが、今のシステムになってからサボってしまっていたのだ。理由は2つあって一つはオーディオ機器への過信である。もうここまで来たのだから少しくらいクリーニングしたって音がそんなに良くなるわけもなしという気持ちだ。本当は装置が良くなればなるほど広い意味でのこのようなチューニングが大事だと云う事を忘れていたのだ。まあそういうことをしなくても十分満足のゆく音を出してくれていたのだ。
 もう一つの理由はこのシグネチャー・ダイアモンドの構造的な問題である。このスピーカーは極限までスペースを切り詰めているためか接続端子がなんとスピーカーの底にあるのだ。だから接点のクリーニングのためにはスピーカーを横にしなくてはならないのである。よほど音に不満がない限りこんな面倒なことはしないでしょう。

 しかしこういった事情をうんぬん云ってられなくなる事態が起きたのである。それはカール・ベーム指揮のモーツアルトのハフナー交響曲を聴いていたときである。この演奏は1960年のベルリンのイエスキリスト教会での録音で、古いけれどもそれなりに良い音で聴けたのである。しかし今年に入って聴いたら実に弦が固く、低音もあまりでなくて、なんだか変だなあと思った。そして次に同じ指揮者のモーツアルトのリンツを聴いた。これは1966年の録音であるからもう少し新しい。事実6年の差は大きくて、実にふんわりとした音を出してくれるのである。それがふんわりはしているがなぜか音が広がらないのである。でも更に新しい録音の、例えばSACD(スクロヴァチェフスキ/読響/2010年ライブ)などは素晴らしく良く聴こえるのである。まあこれならいいやと思ってしまったのである。

 そう云った時にこの端子クリンの記事を読んだのである。そこでひらめいたのだ。もしかしたらと!早速アマゾンのサイトを見たらあるある3490円、ちょっと高いが早速オーダーしたのだ。入荷したのが1/23で、面倒とは思いつつ腰をあげたのが昨日なのである。2時間ほどかけてCDプレーヤー、アンプ、スピーカーの全端子、電源コードを端子クリンで清掃したのである。なにせ全部で30ほどあるのだからいやになってしまう。とにかくやりおおせてベームのモーツァルトを聴いたのである。

 まさにこれは驚天動地の世界。4年間の垢がいかに凄いものなのか、音で体験したのである。知らない間に徐々に劣化した音を聴いていたのである。
 ベームのハフナーはまるで別物である。高弦は実に美しい。古い録音だから決してふくよかには鳴らない。しかしもう固い音ではなく、みずみずしい音に変わっている。驚いたことに低音まで豊かになっている。新しい録音を聴いてみようと思いジンマン/チューリッヒのワーグナー管弦楽集から「ワルキューレ騎行」を聴いたのだが、奥行きの深さがたまげるほどだ。もっとも驚いたのはパッパーノ/ロンドンによるマスネー「ウエルテル」である。3-4幕を聴いたのだが冒頭の前奏の大太鼓の音にはびっくりした。前に聴いた時にはこんなには聴こえなかったのだ。その他以下のCDをつぎからつぎへと聴いてみたが聞きなれたCDがみな新鮮に聴こえるのである。

・モーツァルトピアノ協奏曲13番(内田光子/ジェフリーテイト)
・マーラー交響曲第4番(ハイティンク/ベルリン)
・ヴィヴァルディ、ヴァイオリン協奏曲集(ポッジャー)
・バッハ、無伴奏ヴァイオリンパルティータ2番(イザベル・ファウスト)
・ワーグナー、パルジファル(クナッパーツブッシュ/バイロイト)

 すべて聴きなれたCDばかりだが、どれも見違えるようだ。特にパルジファルには驚いた。タワーレコードのリマスター版の効果もあるのだろうが、これほど違って聴こえるとは思わなかった。リマスターの効果がはっきり聴きとれて音の広がり、音の新鮮さが凄い。特に驚いたのはは声である。3幕の男声合唱、ハンスホッター、ジョージロンドンの声が皆鮮明で特にソロについては若返ったように感じられたくらいである。1962年の録音だが、この録音がバイロイトの音をもっともそれらしく聴かせてくれるように改めて感じた。なお、いろいろ聴いた印象では新しい録音よりも古い録音のほうが改善効果が大きいように思った。
 しばらくは古いCDをひっくり返してみようと思う。それにしてもやはりサボってはいけないのだ。手を抜けば音は悪くなるのだ。面倒だが1年に一度はクリーニングをしよう。

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