ぶんぶんのへそ曲がり音楽日記

オペラ、管弦楽中心のクラシック音楽の音楽会鑑賞記、少々のレビューが中心です。その他クラシック音楽のCD,DVD映像、テレビ映像などについても触れます。 長年の趣味のオーディオにも文中に触れることになります。その他映画や本についても感想記を掲載します。

カテゴリ:映画 > 歴史


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信長を裏切り、北摂津有岡城に籠城した、荒木村重の城から逃亡するまでの心理を描いた、異色の歴史小説である。この作品には歴史小説お定まりの なんとかの合戦とかいった、戦闘シーンはほとんどない。
 村重と籠城している城方の武将たちとの対話編である。信長の武将の中でも抜きんでた実力を持った、荒木村重は毛利と本願寺との連携を頼みに、裏切る。有岡城の城将たちも村重のもつカリスマ性に心服して、ついて行く。もともと荒木は摂津に地盤があるわけでなく、国衆たちをつなぎ留めておくことは重要事だった。しかしそれがほころびだすのは黒田官兵衛が村重を説得に乗り込んできてからであった。村重は追い返すか、殺すかの選択肢を、覆し、なんと官兵衛を地下牢に幽閉してしまう。

 城将たちは不思議に思うが、その後、村重による裏切り者の人質の取り扱い、城方の本願寺/雑賀派と南蛮派(高山右近の父親ら)との大将首をめぐってのいずれも不手際な処置などがかさなり、次第に村重と城将との間に溝ができてくる。

 しかしそれは、官兵衛の深い策謀とは、村重も気付かなかったのだ。

 村重が追い込まれて結局有岡を追い出されるようにして脱出するのだが、話としてはそれだけを説明するのに400ページも費やしていて、いささか冗長の嫌いがある。もう少し戦国時代を背景にした歴史小説的な面白さが欲しいところだ。追いつめられる村重対追いつめる官兵衛のミステリー仕立ての歴史小説と云う意味では、新境地だが、私にはあまり面白くなかった。


 

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この作品はとても面白く読んだ。舞台は明治7年。まだ江戸時代のしがらみを残した、伊豆半島突端の村、入間村で起きた事件を描いている。

 この作品を読んで大いに感動するのは、この時代の日本人のもつ「美徳」である。
 それは、まず秩序ある行動だろう。入間村の庄屋の文平の指揮のもと、村人の秩序だった行動はまさに、それだ。しかしそれだけでなく次に続く美徳は更に日本人の徳性を高めているのだ。

 2つ目は進取の精神である。江戸時代の武士たちの教養の高さは、世界的に云っても相当なものであったと推察できる。底辺になる人々を含めた文盲率の低さがそれの傍証である。そしてここでは入間村の達吉に示されるように、社会の最底辺の漁師で17歳の少年が、お寺に通い、学問、読書に励むという、精神が幕末から明治にかけて大きなうねりとなってくる。それが明治維新の成功やアジアで最初に日本が経済で先進国に追いついた要因だろうと思っている。要するに、進取の精神が社会の隅々まで広がっているということである

 そして、人に対する共感、共脳の精神である。かくまってほしいというイギリス人を達吉と云う一介の漁師の判断でかくまってしまうと云うのは、この時代の人々の持つ美徳の表れであろう。秩序ある行動とイギリス人への共脳との間で、この村に人々は悩むのである。

 さらには、自己犠牲の精神、自分の保身に走るのではなく、仲間や先輩を守るというのもこの時代の美徳だったかもしれない。今日、果たして、どの程度その形骸が残っているかは、人それぞれの判断だろうが、私は今の日本人にもこれらの美徳はいまでも、脈々と残っていると思っている。そうでなければ、この作品が、読む者に胸震えるような感動を与えて、終わるはずがない。

 題材は明治7年のフランス船、ニール号の難破事件からとっている。入間村の人々の難破の発見から救助、そしてその後日談が、丁寧に描かれている。津田梅子らと一緒に留学した女性も登場し、また、幕末活躍した西郷頼母、明治政府の外務大臣寺島宗則など実名で登場し、歴史小説として、厚みを加えている。これは万人に進められる歴史小説である。
 ただ、早川書房の単行本はなぜこんなに高いんだろう?いつも思う。なんとかしてください。


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これも、ネットフィリックスオリジナル映画である。スパイク・リー監督。全米でも絶賛されたらしい。
原題は「DA FIVE BLOODS」である。邦題はザになっているが原題ではこの定冠詞は使われていない。原題のDAとはdelayed actionを指す。米語では「あらかじめ予定された期間を経た後」の作戦のこと。つまりこの映画のタイトルは「ファイブ・ブラッズ作戦」といえようか!

 1970年前後にヴェトナム戦争に派遣された黒人5人組の友情を描いたドラマだ。ジャンルを歴史にしたのは、単なるドラマ仕立てではなく、現代史を描いているという意味でそのようにした。

 ポール、エディ、オーティス、メルヴィンは戦友のノーマンの遺骨を収集するために、数十年ぶりにサイゴンを訪れた。サイゴンの変貌ぶりに驚くとともに、21世紀になっても、人の心に戦争の爪痕が残っていることを感じながら、4人は旧交を温める。

 しかし、彼らの真の狙いは、仲間のリーダーである、ノーマンが戦死した時の任務のヴェトナムの少数民族への支援金(金塊)を回収することだった。この任務で生き残ったのは4人、彼らはその金塊を埋めて、ほとぼりが冷めたころ、回収しようとしていたのである。
 オーティスのヴェトナム時代の愛人のティエンの助けで、金塊の換金にデローシュというフランス人ブローカーを使うことになっていた。さて、これらに、不和であった息子のデイヴィッドが加わり、さらに、NPOの地雷回収団体の3人組を巻き込んで、金塊回収作戦が展開してゆく。

 この映画が発表されたころは、黒人差別でアメリカが動揺しているとき、あの「black lives matter」の標語が国際語になったころであり、この映画でも黒人の差別について、通奏低音のようにいろいろな挿話を混ぜることによって、ヴェトナム戦争はを人種差別の象徴のように描いている。諧謔的なところもあるし、リアルな映像を使いリアリティを出している場面もある。
 諧謔的な例を挙げれば、4人+デイヴィッドとガイドのヴェトナム人のケヴィンとが、ボートで目的地に向かう途中の音楽が、なんとワーグナーの「ワルキューレ騎行」なのだ、「地獄の黙示録の」パロディなのである。
 そして多く挿話は反戦集会や演説、なかでもキング牧師の死を5人の黒人たちが、ヴェトナムの戦場でラジオで聞くシーンなどはとりわけこの映画の象徴的な場面である。
 過去のヴェトナム戦争にまつわるもろもろの事象を映像では35mmで表し、そして現代の金塊探しの場面は、大画面であらわし、時代が過去と現代が交差する作りになっていて、その中に、これでもかとばかり、黒人差別を埋め込んでいる。

 もちろん、これは4(5)人の友情物語であるが、長い間の空白とPTSDのせいで、脆い友情だということもわかってくる。
 しかしこれほどメッセージがしつこいと、私などは少々辟易するが、胸にすとんと落ちる人もいるだろう。好悪の分かれる映画だと思う。ネットフリックス配給は時々すごい映画があるので侮れない。

 


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日本はなぜアメリカと戦争をはじめてしまったのか?これはおそらく永遠の謎だろうと思っていたが、本書を読んで、少し薄闇が見えてきた。この本を知ったのは、つい先日読んだ「ヘンゼルの密書」という小説の参考文献として紹介されていたので、タイトルに惹かれて買い求めた。さすがブックファーストですね、在庫などあるまいと高をくくっていたが、なんとしっかり1冊あった。

 今までこの関連のノンフィクション、小説など随分読んできたつもりだったが、どの本を読んでもなぜか釈然としない。結局追いつめられて結果のやけのやんぱち戦争 と云うのが一番しっくりきたくらいだ。

 本書を読むと少し納得のできる説明が聞ける。私なりの理解ではこうだ。一つは行動科学的に説明している。プロスペクト理論というものに準拠しているという。つまり2者択一の場合のリスクの取り方である。簡単に競馬の馬券の買い方でいうとこうだ。あるレースで1番人気は単勝1.1倍つくという。しかし10番人気の馬だと単勝が10倍だという。そして当日の天気はその馬の得意な重馬場だという。もし私が潤沢な資金を持っていれば1番人気を買うのが合理的だろう。しかしもし私が借金があって、切羽詰まっていたらどうだろう。100万円持っていて1番人気が当たったとする、10万円の儲けだ。これでは借金が返せない。しかし10番人気を買えば1000万円になる。借金も返せるのだ。こうした場合合理的な判断ではなく、10番人気の穴馬に重馬場期待で、100万円を投じると云うものである。だからこれは行動科学と云うより、ばくち理論の方が正しいのではないかと私には思われる。

 そのころ日本は圧倒的な経済大国アメリカから圧迫を受けていた。このまま行けば日本の資源は2年で枯渇し、いくら臥薪嘗胆したと云え、じり貧は目に見えている。しかし戦争に踏み切れば彼我の経済力の差はいかんともしがたく、合理的に判断すれば戦争に踏み切るのは無謀である(10番人気の馬に100万円を投入するのは無謀である)。
 一方英米の経済的欠陥は船舶の輸送量と云う。ドイツのUボートにより艦船が多く沈められ、物資の輸送が滞れば、そして独ソ戦でドイツが勝って、ドイツに資源の憂いがなくなればもしかしたら、日本にも活路が見いだせるかもしれない。前記の競馬の例でいえば、10番人気の得意の重馬場と云う条件に活路を見いだせればと同じことだ。

 そして、日本は合理的な判断を捨て、一縷の望みにすがって,開戦を決意する。

 もう一つの理論は社会心理学的なアプローチである。つまりその頃のマスコミ/世論は米国の理不尽な(日本にとって)振る舞いに怒り、硬化していたのである。この開戦の流れを止めることは困難。
 そして最大の問題は政治的な意思決定の欠陥である。明治憲法と云うのは実によくできていて、独裁者が生まれないようになっている、したがって総理だろうが大蔵大臣だろうが、皆対等で、総理の命令だから了解と云うわけにはゆかない。天皇は政治に加われない。唯一調節弁は元老だが、このころは明治維新のころと比べてそれが機能していなかった。そのためドイツやロシアののようには行かないのであった。
 そこで、新体制と云うのを考え、政党も政治団体も協力して、統一した意思決定機関を作ろうとしたがこれが、左右、財界などに反対され、大政翼賛会と云う実体のない政治団体にしかならなかったのである。したがって誰もイニシアティブをとって判断することができず、終戦まですったもんだするのである。

 さて、もう一度戻ると、その当時の日本の国力から見ると開戦は合理的な判断ではなかったというのは、決して秘密でも何でもなかったというのである。本書のメイン資料である秋丸機関(陸軍省主計課別班)のように陸軍の肝いりで作られた組織の資料でさえ、日本と英米との国力の差については、正確に分析しているのである。その他民間などの研究も同じで、それらはマスコミにも一部公表され、国民も広く共有した情報だったのである。それなのに、開戦に踏み切ったのは上記のいくつかの複合理由からである。
 秋丸機関は本書で丁寧に説明されているので詳しくは延べないが、終戦前に焼却されたらしいが、近年その一部が発見されたという。陸軍の主計局の秋丸中佐を中心に英米編、ドイツ編、日本編などに分かれて、一時は大規模な組織だったらしい。軍人や官僚もいたが、主なメンバーは学者だったそうだ。

 本書でも触れられているが、結局日米戦争の遠因は、日中戦争である。日本は明治維新の苦難の中、韓国と満州を獲得し、仮想敵ソ連(ロシア)の南進を地政学的に食い止めようとした。おそらくここまでは、英米も仕方ないなあと思ったかもしれない。自分たちだって中国(イギリス)やメキシコ(アメリカ)でひどいことをしてきたのだから、日本にそれは駄目よなんて言えるはずがないのだ。
 しかし満州での資源を中心とした重工業の成功で味をしめた日本は、中国華北以南にも触手を伸ばしたことが、英米の逆鱗(主権益)に触れたと私はおもうのである。もし日中戦争なかりせばまた違う世界があったのではないかといつも考えている。これを食い止められなかったのは、日本の内閣の体制に尽きると思う。日中戦争は獅子の尾だった。眠れる獅子清国の尾ではなく、アメリカ、イギリスのだ。
本書はことほど左様に示唆に富んでいる。


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音楽会に行く回数が減る分、読書や映画(DVD)を見る回数が増え、「ブログの看板・ぶんぶんの音楽日記」に偽りありと云うのが、実態となってしまった。

 今回も書籍の感想である。実はこの本は間違えて買ってしまった。自分としては太平天国を義和団と勘違いしてしまったのだ、お恥ずかしい限りである。しかしこの本を読み始めて、これは実に興味深い研究の成果だと思った。著者は上智大学の教授で中国への留学の経験もあり、今回のこの作品は200ページ強の分量の割には膨大な参考文献があり、しかもそれは日本だけでなく、中国の生資料まで活用しているのである。

 この作品を読み進むうちに考えたのは、日本は同時代に何が起こっていたのかと云うことだった。
1853年「太平天国」が南京を占領したとある。漢民族のさらに後から、中原方面や広東方面から移動してきた中国の後発民族である「客家(はっか)」出身の洪秀全がキリスト教と中国の古代の復古とを結びつけた、集団を広西で立ち上げて、北進して南京に到達したのである。これ以降、南京を中心に「太平天国」は一国家の様相を呈する。

 さて、一方日本はどうか?1853年、ペリーが来航して、尊王攘夷の真っただ中、それからわずか15年で現政権の江戸幕府が倒れ、1868年、明治維新を迎え、その後西洋に伍した大国までに発展する。

 「太平天国」は滅清をうたってはいるが、しかし洪秀全自身は南京にとどまり、結局歴代の権力者と同じことをする。政治的には分権制を敷くが、実態は宗教団体のようなもので、シャーマニズムまで政権に登場する。果たして洪秀全の頭の中にあった「古の中国の復古」というのはいかなるものかというのは、結局よくわからないまま(私には)1864年に洪秀全は亡くなり、それから間もなく「太平天国」も瓦解する。日本の明治維新のわずか4年前である。
 しかも清国はちょうどその時第二次アヘン戦争(アロー号事件)も抱えており、列強は眠れる獅子をむさぼり始めていたのである。この太平天国が きっかけとなって、清国の再生と云うわけにはいかなかったのである。むしろ太平天国の乱を平定するためにイギリス(ゴードン将軍)軍ら西洋の支援を受ける有様だった。

 果たして、この日中の差はどこからきているのだろうか?
 私なりの理解では、中国の「覇権」と云うのは一切寛容を許さないということからきていると思う。清は太平天国を異物とみなして排除しようとする。清のなかでも皇帝に異を唱える者は排除する、太平天国でも5人の王の分権制とはいえ、洪秀全と楊秀清(シャーマン)の二頭政治であり、結局この二人の他は排除され、最後は楊自身も排除される。不寛容で亡くなった人々は2000万人と云う。人類史上最悪の内戦と云われるゆえんである。太平天国の評価は両面あるが、結局権力に対する考え方と云う意味では清も太平天国も変わらない。そして不寛容は文化大革命や今日の香港の弾圧の姿勢に通じている。

 こうしてみると、戊辰戦争はあったにせよ、政権交代ではほとんど無血と云っても良い明治維新は稀有なる事象と云うべきだろう。
 おそらく、著者の意図とはずいぶん違うであろう感想を述べたが、とても新しい視点を提供いただいたという点で、優れた作品だったと思う。
 なお、多くの地図は非常に参考になった。ただ地図の掲載場所に今一つ工夫があれば、行ったり来たりしなくてすんだかもしれない。〆

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