記憶
 先日、ベルルスコーニをモデルにしたイタリア映画を見たばかりで、政治ものが続いている。しかしあの映画はベルルスコーニをロロ・トマシ(映画・LAコンフィデンシャルを参照)として描いており、この三谷版政治ドラマのコメディ仕立てとは肌合いが違う。
 ちなみにロロ・トマシとは悪いことをしているのにうまく逃げている人物の総称だという。ガイ・ピアース、ケヴィン・スペイシーがその名前を出している。あれがLAコンフィデンシャルのテーマなのだろう。
 まあ、これは余談だが、三谷幸喜によるこのドラマはそういう深刻なテーマは抱えていないように感じた。
 現職の首相・黒田啓一(中井貴一)は支持率2.3%の過去最悪の首相と呼ばれ、国民から総すかん、家族からも総すかんの悪役であるが、演説会で石をぶつけられなんと記憶喪失になってしまう。子供時代の記憶はあるが、政治家になってからの記憶は全く失われてしまった。妻(石田ゆり子)も認識できない。普通なら辞職だろうが、なんと秘書官(ディーン・フジオカ、小池栄子ら)に助けられ実務を少しづつこなし始める。
 やがて、黒田は政治に覚醒する。果たして首尾は如何に?
 このドラマはそういう単純なストーリーで、スリルもサスペンスもない。へらへら笑ってみていればよいわけで、それじゃつまんないという方もおられよう。
 しかしこの映画の私なりの見方は、そういう変容を遂げる黒田を取り巻く人物の緻密な描写が肝なのではあるまいか?
 大体これだけの役者をそろえればどんな映画でも作れそうだけれど、まあそう思えるくらい役者ぞろい。特に女優陣は個性的で面白い。
 秘書役の可愛いけれどしっかり者の小池栄子、まるでどこかの総理夫人みたいな、石田ゆり子、総理官邸のお手伝い斉藤由貴、第二野党党首の吉田羊の怪女ぶり、アメリカ大統領がなんと日系2世の女性大統領の木村佳乃、そして通訳の富沢エマのとぼけた味、愉快なのはアナウンサーの有働由美子が超厚化粧で、アナウンサー役として登場、これが最後まで誰だか分からないほどの怪演と云った具合で、みなそれぞれ楽しみながら芝居をしている風で実に楽しい。
 それに比べると、男性陣は少々演技がオーバーアクションでそれが作り物(まあわざとそうしているのだろうけれど)めいていて今一つ笑えない。特に官房長官の草刈や政治ごろの佐藤浩市など。男性陣で唯一楽しんでいそうなのは、田中圭の交番の警官でSP志望の男。いやあのびのびやっていたなあ。
 この映画で唯一辛口なセリフは官房長官がはく、政治信条、「つまり如何に長く政治家であり続けるか」が目標と云う発言だろう。政治家になるということが目的化になっていることが、わが国の政治風土を不毛のものにしているにちがいない。これがこの映画の肝だと思う。
 
 どう見ても現政権のパロディだろうが、当事者が見たら笑えるだろうか?