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2018年に単行本で発売されたものの文庫化。

 主人公の砂田修作は1947年生まれ。私とほぼ同年代である。彼が1970年警察官になったのと、私がある企業に就職したのとほぼ同じ。そして物語は砂田を軸に2001年までの日本の社会を描く。これは読んでいて、自分が生きた同時代史であり、そういう意味でとても面白く読んだ。この作品で描く事件は、自分の仕事とは、直接的にはほとんど関係ないが、さはさりながら、その時代に自分は生きていたのだという、共体験は十分感じるのである。

 さて、主人公の砂田は27歳で巡査部長になり、公安に配属される。それから公安一筋の警察官人生が始まる。刑事を主人公にした作品はよくお目にかかるが、公安を主人公にした作品は珍しいと思う。本作は砂田が公安としてかかわった、ロッキード事件(1976年)、東芝COCOM事件(1986年)、ソ連の崩壊(1991年)、オウムとサリン事件(1994年)、長官襲撃事件(1995年)
金正男来日事件(2001年)が舞台となる、連作小説である。
 興味深いのは、砂田がこれらの事件にかかわり、真相に近づけば、近づくほど彼の公安としての立場は公安の中でアウトローに近くなってゆく様を描いている。要するに、これら事件を通じて彼の出世物語を描くのではなく、公安の「本質」を描くために、事件の核心や周辺で、一種の舞台回しの役を演じるのである。

 本作の描く人物は砂田以外も生き生きしていて、興味深い。多くの同僚の他、KGBの謎の美人諜報員クラーラなどを絡めて、娯楽作品として一級の面白さがある。
 読んでいて、これは全部本当の話なのかと思わせるほど、迫真感があるが、これはフィクションであるという。大した小説を書くものだ。

 砂田が巡査時代に田中角栄邸の詰め所で勤務していた際の事件で、角栄と会うが、その後の人生でその邂逅が、彼の生き方の一つの軸になったことは間違いないようだ。本作を読んでいると、人の生きる道しるべが見えてくる。それは人は、生きている間に多くの人に会い、影響しあい、尊敬し、憎みあうが、そのことにより自分は生かされ、成長してゆくということだ。