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この作品はとても面白く読んだ。舞台は明治7年。まだ江戸時代のしがらみを残した、伊豆半島突端の村、入間村で起きた事件を描いている。

 この作品を読んで大いに感動するのは、この時代の日本人のもつ「美徳」である。
 それは、まず秩序ある行動だろう。入間村の庄屋の文平の指揮のもと、村人の秩序だった行動はまさに、それだ。しかしそれだけでなく次に続く美徳は更に日本人の徳性を高めているのだ。

 2つ目は進取の精神である。江戸時代の武士たちの教養の高さは、世界的に云っても相当なものであったと推察できる。底辺になる人々を含めた文盲率の低さがそれの傍証である。そしてここでは入間村の達吉に示されるように、社会の最底辺の漁師で17歳の少年が、お寺に通い、学問、読書に励むという、精神が幕末から明治にかけて大きなうねりとなってくる。それが明治維新の成功やアジアで最初に日本が経済で先進国に追いついた要因だろうと思っている。要するに、進取の精神が社会の隅々まで広がっているということである

 そして、人に対する共感、共脳の精神である。かくまってほしいというイギリス人を達吉と云う一介の漁師の判断でかくまってしまうと云うのは、この時代の人々の持つ美徳の表れであろう。秩序ある行動とイギリス人への共脳との間で、この村に人々は悩むのである。

 さらには、自己犠牲の精神、自分の保身に走るのではなく、仲間や先輩を守るというのもこの時代の美徳だったかもしれない。今日、果たして、どの程度その形骸が残っているかは、人それぞれの判断だろうが、私は今の日本人にもこれらの美徳はいまでも、脈々と残っていると思っている。そうでなければ、この作品が、読む者に胸震えるような感動を与えて、終わるはずがない。

 題材は明治7年のフランス船、ニール号の難破事件からとっている。入間村の人々の難破の発見から救助、そしてその後日談が、丁寧に描かれている。津田梅子らと一緒に留学した女性も登場し、また、幕末活躍した西郷頼母、明治政府の外務大臣寺島宗則など実名で登場し、歴史小説として、厚みを加えている。これは万人に進められる歴史小説である。
 ただ、早川書房の単行本はなぜこんなに高いんだろう?いつも思う。なんとかしてください。