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昔、テレビでヒッチコック劇場というのがあって、30分ものなのだが、毎週楽しみにしてみていた。そのなかで印象に残っているのは、ある男が魂を売ることによって、自分の欲望をなんでもかなえることができることになった。最初は楽しんでいたが、人間と云うのは天邪鬼なもので、なんでも自由になることに不満を覚える。そこで元に戻りたいと思うが、そうは問屋は降ろさないというお話だった。

 こういう話は古くはゲーテのファウストも似たようなものだが、数多ある。ファウストは悪魔に魂を売るが、結局福音書と女性の犠牲で魂が救済されるというもの。おそらくヒッチコックもそういう、古典に触発されたに違いない。

 この映画も根っこはそういうことだ。借金に追われている男やDV男から逃げられない女とか、この世の中で行く場のない人々が、一枚の書類にサインすることによって、ある町に連れてゆかれる。そこは団体生活だが、個人は自由、好きなだけセックスはできるし、好きなだけ食べられるし、仕事は何もない。
 中村倫也扮する青年もそういう一人。しかし彼は義務として時々狩り出されて選挙に投票に行かされて自分とは関係ない名前で投票させられることに次第に疑問を持つ、この集団を組織している黒幕は誰なのか?そして、この何でも自由になる世界の閉塞感に耐えられなくなる。
 この映画では人々は魂を売るのではなく、戸籍を売るのである。したがってもし彼らがこのユートピア?から脱出できたとしても、戸籍も、住民票も、保険証も何もない。

 魂と戸籍とはレベルがずいぶん違うが、現代社会では生きて行けないという意味では同等なのだろう。〆