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 杉本茂十郎は、生没年不詳ながら、実在の人物である。文化文政(19世紀前半の江戸)時代に
江戸商人をまとめ上げ、商人を幕府と対等の地位まで高めようと、孤軍奮闘した。
 彼の信念は「お上が私欲を捨てて、君子たること。それに対して商人が忠義をもって尽くす。稼いだ金を正しく遣い上納し、それをお上が民のために費やす」というものである。しかしそ理想は将軍家斉のド外れた浪費の前には潰えたといえよう。

 茂十郎はもともと山梨の百姓の息子で心学を勉強、師匠に見込まれ、江戸の飛脚問屋大阪屋の丁稚として紹介される。普通より相当年齢が上の18歳の丁稚奉公だった。しかし主人の目に留まり、婿として1799年に第九代大阪屋茂兵衛を継ぐ。
 彼が最初に名を挙げたのは、江戸の商人を牛耳っていた商人組合「十組組合」に盾を突いたことである。飛脚組合でカルテルを結び、お上の承認を得て、飛脚料金の値上げを認めさせたことある。
 しかし、さらなる転機は文化四年(1807年)の永代橋崩落に自分の家族が巻き込まれ、犠牲者になったことであった。彼は橋の再建には商人たちの冥加金が必要と新たな会所を設立(橋の管理は国ではなく町人だった)し金を集め見事再建したことである。またその手法で老朽化した菱垣廻船のモデルチェンジを行い、江戸の商人の組合に貢献した。しかしその過程で茂十郎はお上(特に奉行所と老中)との結びつきが濃くなりすぎ、ほかの商人たちから浮いてしまう。
 はたして、茂十郎の商人改革は如何になったか?

 このところ江戸時代の町人文化についての本に多く接している。「グッドバイ」は長崎の女商人を描く、そして「江戸の夢開き」では初代團十郎を描きながら、江戸の町人文化の成熟を描いていた。こうしてみてゆくと、士農工商の厳格な身分制度の中で、それがわずかづつでも、風穴があけられていることがわかるし、そのときの主人公たちの受けている教育や経験はその後の日本の社会や経済と強く結びついてゆくということを予感させているのだ。明治維新やそれ以降の諸改革の成功は決して官製とのみは言い切れない理由はそこにあるのだと思う

 本作では主人公の茂十郎の突っ走りも共感を生むが、私は茂十郎から兄さんと呼ばれた、堤弥三郎に魅力を感じる。日本人的な性格を十分におわせながら、未来を見ることができる。革命時だけでなく、こういう人物こそが実は、社会や経済を支えてゆくのだと思う。
 面白い作品だった。