2017年10月30日

「トーキョー・レコード」、オットー・D・トレシャス著、中公文庫

著者のトレシャスはベルリン特派員としてナチスドイツの報道でピューリッツァー賞を受賞したスター記者だそうだ。彼がアメリカに帰国後ニューヨークタイムズの特派員として1941年の2月に来日して取材活動を始めた。本書は彼が日本に滞在した一年半の日記である。正確に言うと1941年1月24日から1942年8月24日までである。1941年といえば太平洋戦争の開戦の年である。

 1941年を描いた書物は主に邦人のものでかなりあるが、私は最も印象深かったのはアメリカ在住の堀田恵理氏の書いたノンフィクション「1941」である。この作品はすでに公開されている一次データを駆使して日本がなぜこの無謀な戦に踏み切ったのかを丁寧に描いている。トリシャスの「トーキョー・レコード」は同時代であるから一次データはあまり出てこない、その代わり新聞や演説などの公開されたものの収集や、日本の政官財界の人々へのインタビューなどの丹念な取材活動を、克明に日記に残している。来日してから12月8日までは日米が戦争に踏み切るか、和平か、双方の国の中、特に日本が揺れ動くさまをシーソーのように描いている。この間の日記の内容はちょっとくどいので読むのもしんどい。しかし描写に迫力があるのはトレシャスが12月8日にスパイ容疑で逮捕され、釈放される翌年の5月20日までの記載である。激しい尋問や拷問の様が生々しい。そのせいかトレシャスの日本人や日本の歴史などにはあまり好印象をもっていない。むしろ日本人蔑視の印象すら受ける。例えば日本人の尋問官を蛇男とかハイエナ男とかの蔑称で日記に残している。
 しかしながら本書はは1941年の同時代感覚が味わえる誠に興味深い作品だ。日本人たちが戦争に近づくにつれ経済的に疲弊し、消費生活などないに等しい状況に追い込まれてゆく様など、海外人の目で見たとは云え、実に描写が細かい。ただ7トレシャス氏には申し訳ないが、上巻の開戦までよりも開戦後の下巻のほうがずっと面白い。