2017年10月29日
於:東京オペラシティ・コンサートホール(1階17列左ブロック)

ケルン放送交響楽団・佐渡裕/2017来日公演

ワーグナー:ジークフリート牧歌
シューベルト:交響曲第七番・未完成

ベートーベン:交響曲第五番・運命

運命と未完成のカップリングのコンサートなどというのはこの頃あまりお目にかからない。昔はレコードのゴールンデンカプリングといえばこの2曲だった。そういえばCDだってこういう組み合わせは最近では記憶にない。この組み合わせ1本で日本で8公演を行う。なんという自信だろうか。佐渡とケルンのコンビの熟成の表れだろうか? その自信のほどが音楽にもあらわれ聴きごたえのあるコンサートだった。特に前半の2曲は心に残った。

 ワーグナーはそれほど小編成ではないが、室内楽オーケストラ風の雰囲気がよく出ている演奏だ。ゆったりとしていて、いささかも神経質ではない。佐渡はほとんど何にもしていないようにも思えるがジークフリートからのいくつかの動機をはっきりと聴かせてくれ、その部分は音楽は一瞬輝かしくなる。しかし全体には温和な音楽の流れ。久しぶりに「ジークフリート牧歌」を聴いたが、実によい音楽だなあと改めて感じた演奏だった。聴いていてこんなに気持ちの良い音楽はそうないだろう。演奏時間は19分弱。

 シューベルトはこのところどちらかというと深刻な演奏をよく聴いている。たとえば隅から隅まで神経を張り巡らせたプレトニョフ/東フィルのライブや聴いたあと実に暗澹というか、暗いというか、この世の終わりのようなアーノンクール/ベルリンフィルのCDなどである。今日の佐渡の演奏はその対極にあるように感じた。全体にテンポが速く、メリハリが効いている。おそらくプレトニョフなどの演奏を聴いた後だから余計そう感じたのかもしれない。音楽は生き生きと息づいていて、シューベルトの若々しさを感じる演奏だ。1楽章の最初の主題から音楽はさらさらと流れる、さらさらいってもそう単純ではなくところどころに、「気」を感じるのだ。だからその部分は愛おしいほど美しい。もう一つの主題はきりりとして勢いを感じる。この推進力はあまり未完成では感じられないものだが、この演奏ではそれが無理押しに聴こえない。おそらく昔の佐渡だったら、私はわざとらしい演奏だなあと感じたかもしれない。しかし今夜の演奏はそれこそが自然の流れのような気にさせるのである。
 2楽章は緩徐楽章だけに1楽章ほどメリハリはつけていないが、主題間の落差は大きくとって音楽のスケールをより一層大きく聴かせる。久しぶりにすばらしい未完成だった。演奏時間は26分弱。

 運命も比較的速いテンポでぐいぐいと迫る。特に4楽章の迫力は相当なものだ。3楽章のスケルツオから4楽章に突入する経過部分から、4楽章の凱歌への切り替えの妙を堪能させてくれる。そして4楽章は一気呵成に終結になだれ込む。前半も素晴らしいが、音楽は全体に流麗に流れる。ただ未完成ほどメリハリを感じない。したがって部分的に一本調子に感じる。例えば1楽章の終結部分へなだれ込むところでは、スピード感が先行してしまって、音楽がするすると通り抜けてしまうように感じた。2楽章も流れ重視で、それはそれでよいのだが、もう少し山谷が欲しいような気がした。演奏時間は34分弱。

 未完成も運命も実は佐渡がこのような演奏をするとは全く思っていなかった。もう少し芝居かかった、大ぶりな演奏だと思っていたのだが、まったく意表を突かれた。これは将来は別として、今の佐渡のベストの演奏が聴けた思いである。
 なお、アンコールは「フィガロの結婚」序曲。