2015年6月17日

「蒙古襲来」、服部英雄著(山川出版社)
元帝国、フビライの日本侵略については映画や小説で接してきたが、この本は随分肌合いが違う。古くからの通説を丁寧な検証にによって覆し、歴史を復元しているからである。例えば有名な神風については、嵐が来たにしても、一夜で元軍が全滅したかのような伝説はあり得ないとし、また元軍の陣容についても数万もの大群ということはないなどいずれも細かなデータ解析によって論破している。そういう意味では目から鱗ではある。
 しかしこの本はなかなか読むのに骨である。私の様に高校の古文の成績の悪いものにとっては、原文で出てくる引用の漢文が全く読み下せないのがつらい。せめて返り点でも付けてくれると良かったと思う。全体に論文集の趣で、内容も竹崎季長の活躍をこまごま書いたり、蒙古襲来絵詞についての詳細な解説をつけたりと、研究者以外はあまり興味をもたない重箱の隅的テーマに拘泥しすぎているように感じた。また1章の唐房についての論文も蒙古襲来とどういう関係にあるのか、浅学非才の私の様なものには理解できなかった。
 なお、カラーや白黒の挿絵がみにくく文章と照合しても何を言っているのかよくわからない部分が散見された。ルーペで見てもよくわからない挿絵など意味がないのではないだろうか?力作ではあろうが、蒙古襲来の研究者には歓迎されても、一般受けしないように思った。

「長宗我部盛親・最後の戦い」、近衛龍春著(講談社文庫)
これはなかなか面白い小説である。四国の英雄、元親の4男盛親の物語である。4男にもかかわらず、はからずも長宗我部家の当主となってしまった。小説の中での盛親の心の葛藤の独白が面白い。肝心かなめなところでの優柔不断な心の動きが事細かく描かれている。例えば石田×徳川東西対決に際してどちらにつくか揺れ動く。当座は東軍につくことに決めても、妻子が人質にとられるとなんかかんか理由をつけて西軍に与する。関ヶ原の合戦では不運にも戦場から一番遠いところに布陣したために参戦できず、四国に帰る。しかしそこでも徳川軍に抵抗するかと思っていたら、結局家康にだまされお家は断絶となる。まあこんな話が延々と続くのである。しかしだからといって、盛親を非難できるだろうか?決して凡庸な人間でないにしても、戦国第一世代の元親、家康、信長、秀吉らと比べてしまうのは酷であろう。盛親の独白はむしろ人間的であり、自分に身近な戦国の1武将という印象を受ける。結局彼の行動体系は、図らずも長宗我部家の当主にならざるを得なかったことに自体に起因する。一歩間違えればどう転ぶかわからないそういう時代の意思決定の重みは現代にも通じるだろう。

「袁世凱」、岡本隆司著(岩波新書)
中国清末の英雄、しかし毀誉褒貶相半ばする人物の「私」よりも「公」に焦点を当てた評伝である。最近ユンチアンの書いた「西太后」で彼女の人物像を一新して見せたが、この本の狙いもそこにあるようだ。読後感だが、依然袁世凱は謎の人物だなあという印象は払しょくできなかった。ただ感じたのは、彼は皇帝とはなったが、中国の過去の王朝をうちたてた人物と比べると随分小さいと云う印象である。決して凡庸ではないが、悪く云えば場当たり的な、要領の良さで、のし上がった様な印象さえ受ける。海外から分割されつつある、危機的な中国を救うための信念などは彼の行動体系には見当たらない。そういう意味では、彼も盛親同様、我ら凡人よりもすぐれてはいようが、我ら凡人が共感しうる人物であるのだろう。

「東アジア近・現代史」、岩波現代全書(上下2巻)
この本は元の本がある。それは岩波講座「東アジア近・現代史」全11巻からなる大部の本である。
和田春樹、後藤乾一、木畑洋一、山室信一、趙 景達、中野 聡、川島 真
の7人によって書き分けられている。11巻を2冊の新書版にまとめてあるからダイジェスト版という印象は否めない。しかしこの東アジア全体を俯瞰して19世紀末から今日までを通しで見てゆけたのは大変おもろい体験であった。東アジアの範囲は中国、朝鮮、日本、モンゴル、アセアン諸国、そしてインドにも若干ふれている。ただし欠点は話の羅列に近いので深さに物足りなさを感じる。これは自らが他の文献で補完せよと云うことだろう。すらすら読める本ではないが勉強になった。

「ビッグデータコネクト」、藤井大洋著(文春文庫)
これは変わり種の警察小説だ。京都市警のサイバー犯罪課の警部補が主人公である。近未来の2019年が舞台である。大津市の複合施設のソフトを開発している責任者が誘拐されてしまう。その裏にはサイバー犯罪が潜んでいるのだった。
 この本は警察小説とは云え飛ばし読みはできない。なぜならIT関連のワードがつぎからつぎへと登場するからである。最近の年金基金の情報流出やマイナンバー制度問題を先取りしたような新感覚のサスペンスである。

「ゼロの迎撃」、安生 正著(宝島社文庫)
前作の「生存者ゼロ」も面白いパニック小説だったが、本作も優るとも劣らない。
舞台は近未来の日本である。東京が北朝鮮軍のゲリラ攻撃を受けるのだ。主人公は自衛隊の真下情報担当少佐、北朝鮮軍はハン大佐率いる一個中隊である。突然の襲撃に、警察も自衛隊もそして政府も大混乱に陥る。ハン大佐の狙いは最後までわからない。サスペンスとしても面白いし、パニック小説としても面白かった。