2014年12月24日

             2014年の音楽会を振り返って

2014年も昨年並みのおよそ90回の音楽会に臨み、それぞれ、忘れがたい音楽体験をした。今年の音楽会を振り返ってようやく以下の20本の心に残った音楽会を選んだ。残りの音楽会もそれぞれ記憶に残るものばかりだが、ここであげた20本は特に印象が強かった。感動的なもの、ユニークなもの、歴史的にエポックになるようなもの、いろいろ切り口があるにしろ、強く心に残ったものばかりだ。ベスト3は一応順位を付けたが、残りの17本には結局順位は付けられなかった。

今年の音楽会ベスト3
1.ワーグナー「パルジファル」 10/6、10/9
  飯守/トムリンソン/ヘルリツィウス/フランツ/シリンス/新国立劇場
2.ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」 5/31
  ムーティ/ペティアン/プラット/ベロセルスキー/ローマ歌劇場
3.インバル/都響によるマーラーチクルス
  3/9 交響曲第八番
  3/16、3/17 交響曲第九番
  7/20 交響曲第十番

 この3つの音楽会は私にとって今年のベスト3というよりも、この前後の年の音楽会の中でも忘れがたいものになるであろう。
 「パルジファル」は日本でこのような水準の演奏が聴けるというだけで記念碑的な演奏だろう。飯守の指揮はすでに二期会でこの曲を聴いていて、今回の新国立でも大きく変わっていない。滔々と流れる大河の様な音楽だ。いま、世界でこのようなワーグナーを指揮できる指揮者は何人いるだろう。歌手たちもみな世界的な第一人者で素晴らしいが、なかでもヘルリツィウスのクンドリーは、ティーレマンのライブCDでのマイヤーに勝るとも劣らぬ歌唱。これほどの苦悩と絶望感を背負った女性はいないだろう、ということを強く感じさせた。
 「シモン・ボッカネグラ」は魅力的な音楽の充満した曲だが、凡庸な指揮と演出に当たると、これほど退屈なオペラはないだろう。ムーティの「潮の香り」を感じさせる誠にデリケートな指揮に感動した。例えば2幕冒頭、3幕冒頭の音楽の素晴らしさ、かつて聴いたアバド/スカラ座の来日公演に勝るとも劣らぬ演奏だった。
 インバル/都響によるマーラーチクルスは日本ではこれで2サイクル目だと思うが、今回のほうが私は素晴らしいと思う。今年聴いた3曲もそれぞれ心に残る名演奏である。特に九番の再生を感じさせる4楽章や、十番の五楽章は忘れがたい。

                忘れがたい名演奏

以下順位ではなく日付順にワンポイントの感想を記して見よう。

1. ベートーベン「交響曲第三番・英雄」 2/26
   山田和樹/読響
   若い指揮者による「英雄」はさぞや力こぶの入ったものだろうと想定したが当てが
   外れた。今までに聴いたことのない繊細な、女性的とも云うべき「英雄」だった。
   ずっとこのままと云うことはないだろうが、このユニークネスは捨てがたい。将来
   の指揮者だ。来年からのマーラーチクルスを期待したい。
2. マーラー「交響曲第七番」 3/23
   シャイー/ライプチッヒ・ゲヴァントハウス
   どこかふらふらと飛んでゆきそうなこの交響曲だが、シャイーはしっかりと埒を
   あかせているところが素晴らしい。音色の素晴らしさは云うまでもないだろう。
3. コルンゴルト「死の都」 4/23
   ギズリング/ケール/ミラー/新国立劇場(フィンランド歌劇場制作)
   美しい歌がちりばめられたこのオペラの楽しさを余すところなく伝えた名公演だ。
   フィンランドの舞台をそのまま移植した演出だが、すでに発売されているDVD
   とほぼ同じ舞台を見られるというのもうれしい。DVDではフォークトが主人公を
   歌っていたが、この公演のキールも負けていない。
4. プッチーニ「蝶々夫人」
   4/24 二期会公演
   6/28 藤原歌劇団公演
   いずれも純国産に近い公演である。演出が両公演とも日本人で、舞台装置を含めて
   所作や動きに不自然さがなく、誠に安心して見ていられる公演だった。歌手たちの
   水準の高さも立派だ。先日聴いたキエフオペラの「トゥーランドット」の歌手たち
   より数段うまい。この上はさらに突き抜けた、私たち聴き手のハンカチをびしょ
   びしょにするくらいの歌唱を期待したい。
5. レオン・カヴァルロ「パリアッチ」 5/17
   パルンボ/グスターボ・ポルタ/新国立劇場
   久しぶりに素晴らしいカニオだった。ポルタは初めての歌手だが、おそらく新国立
   歌ったカニオのなかでは最高だろう。
6. ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」 6/21
   ハーディング/ファウスト/新日本フィル
   2楽章の対話の様な音楽の素晴らしさ。両端楽章の生き生きとした音楽。この曲の
   素晴らしさを改めて教えてくれた演奏だ。
7. マーラー「交響曲第一番・巨人」 6/23
   ヤニク・ネゼ・セガン/フィラデルフィア
   セガンのマーラーは今まで聴いたことのない、悪く云えばはちゃめちゃな演奏だが
   これだけ聴いていて面白い「一番」はあまりないだろう。まさにやりたい放題だ。
   同じ日に演奏したモーツァルトもモダンオーケストラの良さを十分感じられるもの
   だ。4楽章の荒れ狂う様もすごい。しかしこの極上の響きは忘れがたい。
8. アファナシエフによるシューベルトプログラム 6/25
   ピアノソナタ第21番、3つの小品(D946)
   アファナシエフの茫洋としたシューベルトはいつも聴いている内田、最近聴いた
   ポリーニやバレンボイムとは全く違う世界だ。3つの小品の2曲目の流れの悪い
   演奏は不思議なことに大きな感動を私にもたらした。
9. オッフェンバック「ホフマン物語」 7/7
   大野/チョーフィ/カバルボ/アルバロ/リヨン国立歌劇場
   オペレッタ作曲家の作品と馬鹿にしていたが、カ―セン演出のパリオペラの公演
   を映像で見てから変わった。最後のアポテオーズはいつも感動する。リヨンの公演
   はカ―センほど面白い演出ではないがそれなりに説得力があった。チョーフィーの
   4役の熱演が錦上花を添えた。
10.モーツァルト「フィガロの結婚」 8/31
   ヴィッラ・ディ・ムジカ公演
   オール日本人による公演。第一生命ホールという小さなホールでのセミ演奏会形式
   による。眼前で飛び跳ねながら歌う歌手たちの生き生きとした姿が印象的。決して
   超一流の歌唱とは思わないが、これがオペラの楽しさの原点ではないかと思わせる
   様な演奏だ。
11.ヴェルディ「マクベス」 10/1
   METライブビューイング/ルイージ/ネトレプコ/ルチッチ/パーペ
   ネトレプコのマクベス夫人は今まで聴いたことのない新しい夫人像を作り上げた
   ように感じた。是非はあろうが私は大変興味深く聴いたし、感動的でもあった。
   ルイージの棒も素晴らしい。
12.ベートーベン「ミサ・ソレムニス」 10/3
   メッツマッハー/新日本フィル
   このコンビの成熟を感じさせる演奏。速いテンポでぐいぐい迫る音楽は圧倒的
   であった。
13.モンテヴェルディ「ポッペーアの戴冠」 10/16
   カヴィーナ/マメリ/ロトンディ/マイアー/ヴィターレ/ラ・ヴェクシアーナ
   歌手たちの素晴らしさは云うまでもないが、カヴィーナのチェンバロの統率のもと
   、ラ・ヴェクシアーナと歌手たちのハーモニーが素晴らしい。この団体による
   CDを聴いているが、ライブではCDより小編成なのに実にふんわりとした魅力的
   な音を出す。オペラシティの音の響きの素晴らしさを改めて感じた。日ごろ滅多に
   聴かないモンテヴェルディだが深い感銘を受けた。
14.ロジャー・ノリントン/N響によるシューベルトプログラム 10/25
   交響曲第七番「未完成」、交響曲第八番「グレイト」
   いずれの演奏もN響とノリントンとのコンビの成熟を感じさせるものだ。
   ヴィブラートを排した弦の響きもピュアで美しい。ノリントンの指揮も円熟と
   云ったら怒られるだろうが、ベートーベンで感じさせる、よく云えば破壊的な、
   悪く云えばちょっとやんちゃな音楽とは違い、部分的には伝統的な演奏の響きを
   感じさせた。青白く燃え上がったシューベルトのように思った。
15.ブラームス「ピアノ協奏曲第一番」 11/25
   ヤンソンス/ツィメルマン/バイエルン
   この演奏の2楽章の音の移ろいの素晴らしさは忘れがたい。身悶えするような前半
   から、夢を見るような音楽に変わってゆく様は深い感動を呼ぶ。これは今から
   思ってみると、若者の感情でもあるが、一方ではその様な感情を懐かしく、
   うらやましく思う、私の気持ちを大きく揺さぶる。
16.シューマン「交響曲第三番・ライン」 11/28
   カンブルラン/読響
   このコンビの最高の演奏。伝統的な重量感あふれるシューマンとは異なるが、
   速いテンポでぐいぐい迫るこの迫力には何ものも抗しえないだろう。ラトル/
   ベルリンのCDと同様、21世紀に生きる切れば血のでる、実にフレッシュな
   シューマンだ。同時に演奏された英雄も伝統的なベートーベンとは異なる
   新鮮な姿を聴かせてくれた。
17.ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンによるブラームスクロノロジー
   交響曲全曲、協奏曲全曲、悲劇的序曲、大学祝典序曲、
   ハイドンの主題による変奏曲
   12/10,11,13,14
   13,14両日の交響曲第三番、四番が特に素晴らしい。
   ヤルヴィと云う指揮者は私にはまだどういう指揮者かつかめない。原典主義とも
   思えるところは多々あるが、時には手あかにまみれたけれんみを感じさせる部分
   もあるから一筋縄ではいかない。この両面をうまく接合させた曲は成功している
   ように感じたが、そうでない一番や二番の交響曲は私には違和感があった。最近
   シャイーとティーレマンの全く対照的なブラームスの交響曲全曲をCDで聴いたが
   両者のスタンスの明確なこと、私の様な素人でもよくわかる。この2つのセットを
   聴いた後ヤルヴィを聴くとどうも彼の演奏のスタンスが私にはどっちつかずの
   よいとこどりの様に感じる部分もあって、この指揮者の素性が掴めないのである。
   そういう意味では過渡的な演奏ではないかと思う。しかし4日間で上記のブラーム
   スの管弦楽のからむ曲を一人の指揮者で聴いた体験は貴重なものであった。
   なお、協奏曲ではフォークトによるピアノ協奏曲2曲とテツラフ兄妹による
   ダブルコンチェルトは大いに楽しめた演奏だった。

 2015年は海外の公演も多くあるが、国内のオーケストラも指揮者の充実を期待できる。カンブルラン/読響、ノット/東響、大野/都響、メッツマッハー/新日本フィル、
そして、ヤルヴィ/N響である。特にノットは年末に指揮したマーラーやブルックナーに新鮮さを感じた。大いに期待したい。
                                     〆