2012年2月18日
於:東京文化会館(1階17列右ブロック)

ヴェルディ「ナブッコ」、東京二期会公演
指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:ダニエル・アバド

ナブッコ:青山 貢
イズマイーレ:今尾 滋
ザッカーリア:斉木健詞
アビガイッレ:岡田昌子
フェネーナ:清水華澄
アンナ:日隈典子
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団

「ナブッコ」はヴェルディの初期のオペラで初めて大成功した作品だ。ヴェルディの若さ一杯の、溌剌とした音楽満載である。しかし初期だからなめてかかると、これはなかなか難しい作品ではないかといつも思う。どちらかというと声の饗宴的なオペラである。言い過ぎかもしれないが、後期の様な心理的な綾みたいなものを歌手には期待されていない。だから歌手が非力だと全然面白くないオペラなのだと私は思う。逆に少々荒削りでも力で押すような歌手のほうが良いようにいつも思う。だからと言って私の愛聴盤のシノーポリ指揮のものや、ファビオ・ルイジの指揮した映像の演奏が荒削りとは言っていない。どちらかと言えばと言っているのである。
 さて、この二期会の演奏は、最近の日本の団体の公演の特徴だと私は思うのだが、非常にバランスがとれていたように感じた。決して突出して素晴らしい歌手がいるわけではない。だけれども皆そこそこ歌えていて、全体として、この「ナブッコ」というオペラを鑑賞するのにまずは十分な水準だと云える。しかし十分ということと素晴らしい、感動的な演奏とはちょっと違うような気がするのだ。その差はどこにあるのだろう。
 やはり一つは歌手だろう。皆それぞれ立派な歌唱ではあるが、素晴らしいと云うレベルにはもう少し突き抜けるものが欲しい。例えばアビガイッレにしてもとてもきれいな声だし(鈴のようだ)、容姿も美しい、しかしアビガイッレが怒り、叫ぶように歌う時、声は急にしりつぼみになるのだ。これは男声陣にも言えること。ザッカリアも重心の低い声は魅力だが、強い声が必要になると、腰砕けになってしまう。ここは踏ん張ってもらいたいのだ。イズマエーレなどはそれ以前で、声がか細くてヴェルディの初期の力強い音楽には合わない。今日の演奏ではフェネーナとアンナの声が唯一突き抜ける声のように思った。その他は合唱の中に入ると埋没してしまう。だからどの場面か忘れたが、急に合唱が声を落として、歌手に合わせているのは少々興ざめだ。パワーのない「ナブッコ」の演奏では決して心は動かされない。
 その点指揮者のバッティストーニはわかっているようで、凄まじい推進力でこのオペラを一気呵成に進めてしまう。誠に痛快な指揮だ。演奏時間は約2時間弱は速いほうだろう。でもこの荒削りさが、このオペラの真骨頂だと思うのである。だからバッティストーニと歌手たちの間には、少し隙間があって、一緒には走っていないように感じてもどかしい。
 東フィルもオペラは慣れているオーケストラだが、バッティストーニの煽りについて行けていないようで、輝かしさ、推進力という面では少々物足りなかった。
 プログラムを良く見るとこの公演の装置はパルマ王立歌劇場からもって来ているようだ。第1部では正面に嘆きの壁のような巨大な壁があり、その前で演じられるが、その壁には大きな穴が3か所開いており、初めはふさがれているが、ナブッコの登場の場面ではその穴をふさいだ板が開いて前に倒れてきて、それが階段になっており、その階段をナブッコが降りくると云う寸法だ。この壁が2部の空中庭園にもなる。問題は歌手たちがこの空中庭園で歌うと云うことだと思う。つまり舞台から数メートル高いところから、そして舞台の奥から、歌わなくてはいけない。パルマの王立歌劇場の様な1200人強の規模の劇場なら良いが、文化会館はその2倍の収容力があるのだ。舞台の奥から、しかも高いところから歌うというのは、相当なパワーがなければ無理ではないかと、これは素人考えだが思ってしまった次第。間違っているかもしれないが、単純に設備を移せばよいと云う訳にはいかないのではないかと思うのである。ちょっと歌手が可哀想だった。
 演出はまともなものだが、時代設定があいまいなようなきがした。というのはユダヤ人たちは背広の様なものを着て、ネクタイを締めているような人もいるので、現在のイスラエルが舞台かと最初は思った。ルイジ盤のDVDでもギュンター・クレーマーがそのような演出をしていたから、なんだその真似かと思ったのである。しかしザッカリアやフェネーナ、アビガイッレなど主役級はバビロニア時代?の衣裳をまとっているのである。これはちょっと半端な時代設定だと思った。こういうことはきちっとしてもらいたいものだ。
 今日一番拍手を受けていたのがバッティストーニというのは、お客も皮肉がきついなあと思ったが、考え過ぎだろうか?合唱も盛大な拍手をもらっていた。なお有名な第3部の「行け、わが思いは」はリピートされた。最初は合唱団は円陣を組んで歌っていたが、2回目には舞台に広がって歌っていた。この歌は良い歌だとは思うが、今日は少々元気が足りないと思った。打ちひしがれているから力が入らなかったのだろうか?

参考:「ナブッコ」ファビオ・ルイジ指揮、ウイーン国立歌劇場管弦楽団
    レオ・ヌッチ、マリア・グレギーナ他
    (TDK、DVD、2001年6月9日ライブ)
   「ナブッコ」ジュゼッペ・シノーポリ指揮、ベルリンドイツオペラ
    ピエロ・カプッチルリ、ゲーナ・ディミトローヴァ
    (POCG-2887/8、1982年、自由ベルリン放送ホール)
                                     〆