2011年7月16日
於:トリフォニーホール(18列中央ブロック)

新日本フィルハーモニー交響楽団トリフォニーシリーズ
第480回定期演奏会

ワーグナー、楽劇「トリスタンとイゾルデ」
(コンサートオペラ形式)

指揮:クリスティアン・アルミンク
演出:田尾下 哲

トリスタン:リチャード・デッカー
イゾルデ:エヴァ・ヨハンソン
マルケ王:ビャーニ・トール・クリスティンソン
クルヴェナール:石野繁生
ブランゲーネ:藤村美穂子

一年で二回もトリスタンが聴けるなんて大した時代がきたものだとつくづく思う。今日の演奏は昨年のこの団体による「ペレアスとメリザンド」と同じ演奏会形式だ。ただそうはいっても多少の演技はあり、歌う場所も指揮者の前、オーケストラの後ろ、舞台両袖の2階客席といろいろなところで歌う。そして正面には大画面がありCGでオペラの背景が映し出される。またその画面に字幕も映し出されるのでとても読みやすい。ついでに言うとこの字幕の翻訳はかなり平易になっておりわかりやすい。
 1幕はアイルランドからコンオールへ向かう海と船が映し出される、2幕では森や大きな大木が映し出されそれが少しづつ変化する。3幕は大きな半球状のものが映し出されやがてそれが地球になる。と言った具合だ。

さて、新国立の「ばらの騎士」をキャンセルしたアルミンクが戻ってきた。新聞では最初は新日本フィルとぎくしゃくしたそうだが、今日はそのようなことを全く感じさせないほど素晴らしい演奏だったように感じた。新日本フィルは前回聴いたハーディングによるマーラーもそうだったが本当に美しい音を出すようになった。以前はちょっと刺激的な音が出て気になったが少なくとも直近に2作品は全くそういうことはない。トリスタンの前奏曲から力のこもった演奏。音が徐々にふくれ上がる様は素晴らしい。そして全く嫌な音を出さないのが凄い。最後までほとんど傷のない演奏だった。今日の演奏を盛り上げた最大の功労者と言ってよい。演奏時間はおよそ218分、私の基準演奏のベーム/バイロイトライブ盤とほぼ同じ演奏時間だが1幕と3幕がベームより数分遅く、その分、2幕がベームより7分速い。幾分2幕がせせこましく感じたが、ライブのせいかあまり性急さと言った印象はなかった。
 今日の演奏でもっとも素晴らしかったのは3幕だと思う。前奏曲の気迫のこもった演奏からトリスタンが自死するまでの音楽の素晴らしさ。トリスタンは名前も聞いたこともない歌手だ。1幕では元気なくなにやらなよなよと歌っていたが、2幕の2重唱あたりからエンジンが入り3幕で最高潮と言うように聴こえた。この長大なトリスタンのモノローグを飽きさせずに聴かせたのだから相当な実力があるのだろう。決して英雄的な声でなくむしろ清潔感を感じさせるような声、系統からいうとジークムントやパルシファル向きかなと言う感じだった。
 そしてイゾルデの愛の死が更に素晴らしかった。このヨハンソンという歌手は1幕ではきんきん声でこりゃ大変だと思った。金属的な声は良くあるが、それが彼女の場合あまりピュアーでなく何か混ざりものがあるようで聞きづらい。しかしだんだん慣れてきたこともあって2幕の2重唱はまずます。そして3幕の愛の死に入るわけだがこれがうって変わって素晴らしい、気迫のこもった声で、声質がどうのこうのなんて関係なく感動的な歌だった。この曲を聴いて久しぶりに心を動かされてしまった。
 その他の歌手ではクルヴェナールが素晴らしい。声量もさることながら豊かで輝かしい声はクルヴェナールの役の重要性を感じさせてくれる。特に3幕の歌唱は感動的だった。藤村のブランゲーネもすごかった。さすがバイロイトで常連なだけのことはある。イゾルデ役がどちらかというと一本調子だったが、ブランゲーネは音色や音量の変化の自在性が素晴らしい。2幕の見張りの歌などは久しぶりに肌に粟を覚えてしまった。この両日本人とタイトル役がうまくかみ合って正月の新国立の演奏に勝るとも劣らない水準に達したと思った。特に3幕の素晴らしさは特筆ものだ。なお、マルケ王は2幕のモノローグが聴きもののはずだが、ちょっと退屈だった。
                                    〆

7月17日追記
先週金曜日にワーグナーテノールの系譜というレクチャーを聴きに行った。
堀内修氏によるもの。
ワーグナーオペラ初演の時のテノールから19-20世紀のテノール、最後に現在のテノールを時系列で紹介、一部DVDでも見せてくれた、非常に分かりやすい講義だった。面白かったのは20世紀、ウイントガッセンとコロが今のワーグナーテノール特にジークフリートやトリスタン歌いの典型を作ったという話だ。昔はそれこそ突っ立って歌っていたそうだが彼らは動けるという意味で新しい時代を作ったようだ。そういえば今の歌手は皆良く動く、まあ悪く言えば良く動かされるのだ。演出と連動しているように思った。
 現代の演奏家は17人ほど紹介されそのうち何人かが映像で紹介された。残念ながら16日のトリスタンはそのリストには載っていなかった。その中でヨナス・カウフマンが筆頭というのが堀内氏の評価だ。彼は現在ジークムントーローエングリンーパルシファルの道を歩んでいるが、本人はジークフリートやトリスタンも歌いたいらしい。それよりも彼はワグナーテノールという型に嵌まるのが嫌だそうで、イタリアものなども歌いたいようだ。彼に続くのがバイロイトでマイスタージンガーのワルターを歌ったフォークト、さらにランス・ライアン、ゲーリ・レークス(メトで活躍)、などをあげておられた。
 ワグナー歌いで必須は長丁場を最後まで歌いきること、歌詞を忘れないことだそうだ。そういう観点でみると現在はワグナー歌いは昔より格段に多いそうだ。まあ需要も多いからだろうか。また理由は複合的だろうが寿命が短いと言われていたテノールも昔ほどでなくかなり長くなっているという。ウイントガッセンも全盛期は10年未満だったそうだ。
 しかしここからは私見だが全体に小粒になったと言わざるを得ない。今でもリングのベスト録音はショルティ盤とベーム(バイロイトライブ)の2セットでしのぎを削っている。どちらもウイントガッセンがジークフリート、ニルソンがブリュンヒルデを歌っているのだ。そしてもうバイロイトは聖地とは言えない。ごく一部の歌手を除いたらどうしてもバイロイトでしか聴けないという代物でなく、もっとひどいのは演出で最近のリング、トリスタン、マイスタージンガーなどいずれも実験劇場的なものに、あえて言えば、堕している。ワーグナーは自分の親族の演出をあの世でどう見ているのだろう。

 もうひとつ面白い情報、今年の秋のバイエルン、なんと希望をとったらスタッフ、オーケストラ合わせて80人も来日しないそうである。カウフマンは来るのだろうか?
                                     〆