2010年8月7日
於:オーチャードホール(3列右ブロック)

佐渡 裕芸術監督プロデュースオペラ2010
レナード・バーンスタイン「キャンディード」

指揮:佐渡 裕
演出:ロバート・カーセン

ヴォルテール/パングロス:アレックス・ジェニングス
キャンディード:ジェレミー・フィンチ
クネゴンデ:マーニー・ブレッケンリッジ
オールド・レディ:ビヴァリー・クライン
パケット:ジェニ・バーン
マクシミリアン:デヴィッド・アダム・ムーア
カカンボ:ファーリン・ブラス
大審問官/入国審査官他:ボナヴェントゥラ・ボットーネ

兵庫芸術文化センター管弦楽団
ひょうごプロデュースオペラ合唱団

今年前半最後のコンサート、正直あまり期待をしていなかったが、実に気持ちの良い公演だった。佐渡の音楽とカ―センの演出の融合の賜物だろう。
キャンディードは、1956年にバーンスタインによって作曲され、ブロードウエーにかけられたが、ロングランにならず、バーンスタインにとっても靴の中の小石のような存在だったらしい。何度か手を入れて1989年の最終稿までこぎつけた。これがロンドン交響楽団との録音でCDで聴ける。このCDにはニコライ・ゲッダやクリスタ・ルートヴィッヒなどが脇役で入っていて、もうこれ以上考えられないくらいの録音だと思う。特にジューン・アンダーソンのクネゴンデ、バーンスタインの生き生きとした指揮が聴きものだと思う。
キャンディードはもともとはヴォルテールの戯曲で、当時はやった楽観主義を辛辣に皮肉ったものでそれをミュージカルに仕立てたのである。ヴォルテール=パングロス(教授)が狂言回しで歌と歌の間を台詞でつないでゆく。この役を演じたジェニングズは好演。彼は映画「クイーン」でチャールス王子を演じてもいる。なかなかの役者。
さて、今日の演奏は佐渡の音楽を第一に挙げたい。実に小気味の良い指揮をする人だと思った(初めて接する)。批評などを見ると、大げさな身振りなど云々されているが、この程度なら全然そのような評価に当たらない。序曲からして音楽が生き生きして、このオペラ(オペレッタ)に引きずり込まれる。もちろん抒情的なところも聴かせる。例えば火あぶりの刑の場面や、クネゴンデの「きらびやかに華やかに」におけるたたみかけるようなオーケストラは胸がすくようだ。2幕のフィナーレのスケールの大きな合唱も忘れられない。
演出のカ―センは、世界中のオペラハウスで実績を踏んだ実力者。今回の演出もパリシャトレ座の2006年の公演を、そのまま持ってきているようだ。舞台は、大きなテレビの中の画面のような構造になっている。時代は18世紀ではなく1950年代後半、アメリカの繁栄の時代に置き換えている。これがあまり不自然ではないのは、バーンスタインの音楽のせいかもしれない。ウエストファリア国の城はワシントンのホワイトハウス、で男爵はアメリカ大統領を模している。その他宗教裁判のシーンは「赤狩り」や「KKK」を彷彿とさせるシーンに置き換えられている。クネゴンデは金持ちのユダヤ人と枢機卿の共有物から2人の映画プロデューサーの持ち物に置き換えられ、彼女はマリリン・モンローを彷彿とさせるような大女優?になっている。更に2幕になると全編アメリカが舞台になっている。たとえば黄金境エルドラドはテキサスの油田に置き換えられている。2幕ではクネゴンデはもともとブエノスアイレスの知事の囲い者になっているが、カ―センの演出ではニューヨークの入国審査官の囲い者になっていて、クネゴンデは不法入国者として脅迫されて、この審査官の家から逃げられないという設定になっている(ハリソン・フォード主演の正義の行方という映画の挿話みたいでこれは現代のアメリカの実相を表わしているような演出)演出で笑ったのは難破した船の乗客が、もともとはいろいろな国の王族だが、カ―センは米、英、仏、伊、露の大統領等に置き換えていた。たとえばブッシュ、ブレア、プーチンなどのお面をかぶって歌手が出てくるのである。ちょっとやり過ぎかとも思うが面白かった。
ただ最後は何か環境保護者みたいな地球賛歌的な演出でこれはちょっと陳腐に感じた。が全体としてはテンポよく、話が整理されていて2時間半があっという間だった。もちろんバーンスタインの素晴らしい音楽によってということは忘れてはならない。
歌手ではクネゴンデのブレッケンリッジが少々細い声ながら伸び伸びとしていて好ましい。「きらびやかに、はなやかに」のアリアも聴かせた。
キャンディードはくそ真面目な性格をうまく歌に乗せて、彼の運命に翻弄される様を、表現したと思う。ジェニングズは歌もよく、芝居もよくで、このオペラをうまくひきまわしていたように感じた。感心したのはマキシミリアンの張りのある声で、パンフレットを見たら欧米のオペラハウスで活躍中の若手のようだ。とても気持ち良い声だった。オールドレーディやパケット役など総じて独唱陣は穴がなく水準の高いパフォーマンスだったと思う。
合唱、ダンスも迫力があり舞台を引き締めていた。前半最後に相応しい公演でした。
                                〆