2010年7月

4月に「オーケストラ」を見て以来、映画館に行っていない。どうも見たいと思う映画がなかなかないのである。音楽会が忙しくて映画の時間が割けないというのもある。最近は映画館も生意気で指定席だ、入れ替えだなんていっているので思い立ったら、というわけにはいかないのだ。ということで今チクルスはすべてレンタルDVDである。

「96時間」
リーアム・ニーソン+リュックベッソンという強力な組み合わせで、期待の作品。スピード感は流石で面白かったが誘拐に至る過程がちょっと安直。こんなに今の女の子は簡単に誘拐されないと思う。アルバニアの誘拐団に娘(別れた妻と再婚相手:大金持→こういう図式も類型的、と同居)を救出する、それも96時間以内に助けないと国外(中近東らしい)に娘は持ち出されてもう見つからなくなるという設定だ。ニーソン(元CIA)が老体に鞭打って戦う姿は痛々しいがなかなか迫力がある。しかし途中でスティーブン・セガール状態になってしまって興ざめ。時間つぶしには良いかも。

「2012年」
こういう映画は大好きだが、実は満足するものはほとんどない。がそれでもつい見てしまう。この手の映画の難しさは仕掛けはとても壮大で面白いのだがだんだん尻つぼみ状態になってしまって最悪なのは家族愛などの世界に落とし込まれてしまうからだと思う。
この作品も仕掛けが大きく、地球上の生物が消滅の危機に陥ってしまうがノアの箱舟のような大型の船を作って、選ばれた人々が救われるという話。その過程でアメリカ大統領はその船に乗らず多くの人々と運命を共にするというようなエピソードがちりばめられている。しかし話は結局そういうエピソードの寄せ集めで後は特撮が見せ場といった具合で面白かったけれどもリピートで見る気はしない。可哀想なのはこの危機を最初に発見したインド人(だと思う)の家族が、アメリカから救助されるという話だったのに手違いか、意図的かは定かではではないが犠牲者になってしまうというのはひどい。しかし何故インド人なんだ。

「聖パウロ」
これはどうもテレビ映画用に作られたようだ。3時間の大作。キリスト教を迫害してきたサウロが改宗してキリスト教を世界宗教にする礎を作ったパウロになる。その生涯、ローマへの道を丁寧に描いており面白かったし、勉強になった。

「カティンの森」
アンジェイ・ワイダ監督のポーランド映画。ポーランドの悲劇というにはあまりにも重い映画。見終わった後、言葉もない。
全編ドキュメンタリーのようなリアリティーを持った迫力ある映像で見る人を圧倒する。戦争を舞台にした映画を見ると、もし自分だったらどう行動するだろうといつも考えてしまう。弱い人間、強い人間が露わに出てしまうのである。この映画はロシアがポーランド将校15000人を虐殺したというおぞましい話の史実に忠実(と思われる)な映画化である、一方ではそのような歴史の中で人間、それも生身の人間がどういう行動をとったのかを、生き生きと描いている。同じ戦争を舞台にしたイングロリアス・バスターズの自堕落さとは180度異なる映画である。

「サロゲイト」
ブルース・ウイリス主演のSF。社会がすべて自分の身代わりのロボットが仕切っている世界。発想はとても面白いがブルース・ウイリスの身代わりロボットの髪の毛がふさうふさしているのがおかしい。ロボット化が進むとこういう社会になるという警鐘かもしれないが、そのように(警鐘)はあまり感じられないのでちょっと困る。そのような社会を否定している人々もいるのだが、その人たちの描き方が少し弱いことも全体をあいまいにしているような気がした。そして最後はこのようなロボット社会を断ち切る(変な話だが人間性に目覚める)、その断ち切り方がパソコンをクリックするだけというのはあれれれという感じでいかにも安易。ウイリスを英雄ぽくしなくてはいけないのでこういう作りにになってしまうのだろうが、話としては面白いだけにちょっと残念。

「シャネルとストラヴィンスキー」アナ・ムグラリス、マッド・ミケルセン主演
バレエ春の祭典の初演の舞台がこうだったんだとわかったのが収穫。印象としては香港映画の「ラスト・コーション」を思わせる。この二人のからみは正直言って理解できない。性関係以外に純粋なものは何もない映画。背後にあるのは金、隷属、支配、虚栄といった概念だろうがそれは映像ではあまりよくわからない。言葉の端々で感じるだけ。ストラヴィンスキーが家族をすててなぜシャネルにこんなに溺れたのか?最後に彼が成功した場面がでてくるがどうやらお互い愛し合っていたようだ。そうであるならばこの映画18歳未満禁止にするような場面の連続にする必要は全くない様に感じた。

「パブリックエネミー」ジョニー・デップ主演
この映画を見て思い出したのはアーサー・ペンの「俺たちに明日はない」だ。最後の衝撃的な銃撃シーン、ボニーとクライドが撃たれる瞬間、見つめあう二人、忘れられないシーンである。
それに比べるとこの映画は少々きれい過ぎるように感じる。なぜかなあと考えたらフェイ・ダナウエーの顔が浮かんできた。パブリック・エネミーに出てくる女優はフランス人とインディアンとの混血という役回り。顔が優しく要はデリンジャーの供え物みたいなもの。まあ最後は強さを見せるが!それに比べるとダナウエー/ボニーの存在感は圧倒的である。要はボニーとクライドは対等なのである。一方本作はあくまでもデップ/デリンジャーにのみ焦点を当てた映画。そこに何か物足りなさが残る。もしデリンジャーに焦点をあてるのならもっとリアルにハードに演じてほしい。デップがかっこよすぎてリアリティーがなくなにやらチンピラやくざ風、これではデリンジャーは怒るだろうし、何年か後は誰も見向きもしない映画ではないだろうか?

「イングロリアス・バスターズ」
タランティーノにブラッド・ピットの組み合わせ、何やら嫌な予感。
映画にしても音楽にしても終わった後は爽快になったり、暗澹とした気持ちになったり、浮き浮きしたりいろいろな思いがしばらく残るはずだがこの作品、細部がえらくリアルであるため、そこばかりが記憶に鮮明になって作品全体としては、はてこれは何だといった具合になってしまった。
例えばナチの兵隊の頭の皮を米兵が剥ぐシーン、バットで撲るシーン、地下の酒場での撃ちあい、ユダヤ娘とドイツ兵との撃ちあい、ナチのSS将校の額に逆さ卍をナイフで刻み付けるシーンなどがそうだ。これらがいずれも想像もつかないというか、前触れもなくそのシーンが登場して度肝を抜くわけ、つまりそんなことにはならないだろうと思っていたのがそうなってしまった時の驚きという印象、だがまさかタランティーノはそれを狙ったわけではあるまい。物語はユダヤ娘の復讐を横糸にピットをリーダーとする特殊部隊によるナチ狩りを縦糸にして、最後は一本の話になるというなかなか面白い話なのだが、戦争なのに/殺し合いをやっているのに、なぜか悲しみとか、悲惨さ、は皆無。すべてゲーム感覚のよう。もうこういう映画にはついてゆけない。タランティーノの作品はすべて見ているわけではないが「レゼボア・ドッグ」のような映画が好きだ。それに比べるとこの映画少し自堕落すぎやしないだろうか?最後はゲッペルスもヒットラーもまとめて殺されてしまうという話なのでまともな感覚で見るほうが悪いのかもしれない。メラニー・ロラン、ダイアン・クルーガー、クリストフ・ヴァルツら脇役陣は好演というか楽しんで演じているという風情。戦争をおもちゃにしてはいけない。

「誰がため」
珍しいデンマーク映画。フラマンとシトロンというのが原題。なんとシトロン役をストラヴィンスキーを演じたマッド・ミケルセンが演じている。大体デンマークがドイツに占領(?)されていたなんて初めて聞いた。
イングロリアス・バスターズと同じにナチに対するテロをフラマンとシトロンという後にデンマークの英雄になった二人が行うという物語。ただタランティーノとはえらく違う。
非常に重たい映画、戦争における人間の生き様が丁寧に描かれている。この二人のテロリスト/レジスタンスが命令によって殺した相手が、実は自分達へのテロの指示者が自らの戦争犯罪をもみ消すため、とわかった時の二人の苦悩。自分達が殺した相手は本当に敵だったのだろうか?しかしそれでもテロを止めない二人は結局惨殺されてしまう。この物語を本線に、シトロンと彼の家族(結局妻は他の男と一緒になってしまう)、フラマンを密告する女スパイなどがからみあう。占領された国の国民一人ひとりが「生きるため」に何をしたのか、何をすべきだったのか、何をしなかったのかを現代の私たちに突きつける厳しい反戦映画のように感じた。

「バッド・ルーテナント」ニコラス・ケージ主演
ニコラス・ケージは本当によく映画に出てくる。人気があるのだろう。
この映画、正直いって、変な映画だ。だらしのない、腰痛もちの悪徳警官がケージの役回り。
ヤク中、恐喝、博打、証拠品の横流し、などなんでもありだが、どうもやっていることがちまちましているので主人公としては寂しい。どうせ悪徳警官を描くのならフェーク・シティーやエルエー・コンフィデンシャルのような映画の警官のようにしてほしい。ケージの警官がだんだん哀れになってくるのである。監督の狙いはどうもそういう本当のワル警官を描くのが目的ではないようだ。麻薬に溺れた弱い警官、まあケージにはぴったりな役かもしれない。あのたれ眉が利いている。しかしこの警官、刑事としては結構有能な警官らしくて映画の冒頭で警部補になってしまう。そこでセネガルからの移民でヤクの売人の家族惨殺事件が発生、ケージが担当する。これが本線。これにフットボール博打、捜査と称して麻薬の横取り、愛人で娼婦の客への恐喝などのエピソード、それにアル中の親父がからむ。博打では大損、愛人の客は大物で逆に脅迫される、殺人事件の証人には逃亡されるなどなどふんだりけったりの状況に追い込まれる。最後は麻薬組織のたれこみ屋に成り下ったと思いきや、それは囮で一気に事件解決。すべて丸く収まり、しかも警部に昇進というなんともめちゃくちゃな話。
まあこれこそあまり真面目に見ないでリラックスして見よう。
ニコラス・ケージの情けない刑事ぶりはなかなか面白い。またヴァル・キルマーが超脇役で出ていて驚いた。
しかし、昇進した後も、麻薬を止められないケージは何か今のアメリカ社会を象徴しているようだった。
                                           〆