2010年1月5日

このお正月休みで二つのリングを聴いてしまった。そのきっかけは二つある。
一つは一昨年のバイロイトのライブ録音が緊急発売されたこと。この公演については一昨年バイロイトでこの公演を聴いているので思いいれは深い。発売日に買いに行ったが、なんと14枚で14000円というからびっくりであう。

もうひとつのきっかけはデッカの至宝である、ショルティ/ウイーンフィルによる「リング」がエソテリックによってSACD化されたのである。この録音はラインの黄金が1958年に録音されそれからおよそ7年かけて録音されたもので発売当時から初めてのリングということで評判をとったものである。こちらは1000セット限定で14枚56000円であるから上記とはだいぶ違う。


ショルティ/ウイーンフィル

主な演奏者
ウォータン:ジョージ・ロンドン(ラインの黄金のみ)、ハンス・ホッター
ローゲ:セット・スヴァンホルム
ミーメ:パウル・キューン(ラインの黄金のみ)、ゲルハルト・シュトルツェ
アルベリヒ:グスタフ・ナイトリンガー
フリッカ:キルステン・フラグスタート(ラインの黄金のみ)、クリスタ・ルートヴィヒ
ジークムント:ジェームス・キング
ジークリンデ:レジーヌ・クレスパン
フンディング:ゴットロープ・フリック
ブリュンヒルデ:ビルギット・ニルソン
ジークフリート:ウォルフガング・ウイントガッセン
ハーゲン:ゴットロープ・フリック
グンター:ディートリッヒ・フィッシャーディースカウ

この豪華な配役はもう今ではあり得ない。これとほぼ同じメンバーが60年代のバイロイトの舞台で聴けたなんて信じられない思いである。

最初のラインの黄金が発売された時は私はまだ学生だった。とにかく欲しかったが三枚組でたしか6000円ぐらいしたと思う。仕方がないのでハイライト盤を買ったが録音で度肝を抜かれた。このレコードをプロデュースしたのはジョン・カルショーと言う人だが彼がラインの黄金で始まったこのリング録音にまつわる話を「リング・リサウンディング」という本にまとめている。これは滅法面白い。
リサウンディングというのはワーグナーのト書きを音にしたいということである。彼がバイロイトでウィーラント・ワーグナーの象徴劇のような舞台を見てがっかりしなければリングの音化なぞは思わなかったかもしれない。

さてラインの黄金に戻るがウォータンが地底に潜るシーンで鍛冶屋の音を再現しているがなんと金床を18台も用意したそうだ。これはワーグナーの指定だそうであるが、舞台では再現されることはまずない。アルベリヒが隠れ頭巾をかぶってミーメを脅すシーン、子供たちを使って録音したニーベルンク族の恐怖の声、ドンナーがハンマーを振るって雷雲を呼びそのハンマーで岩を打ち砕くシーンなど録音がすごい。その後、ジークフリート、神々のたそがれ、ワルキューレの順で録音された。それぞれで録音的にいろいろ工夫がされており細かく挙げればきりがない。ジークフリートの溶鋼歌、鍛造歌ににおける音響、神々ではジークフリートがグンターに化けるシーンがあるがウイントガッセンの声をなんとバリトンに変えてしまう、神々のワルハラ城が崩壊するすさまじい音などはごく一例に過ぎない。

しかしこの当時のデッカレコードのこの作品は決してこけおどしのオーディオマニア用の録音ではない。まず配役はこれ以上望むべくもない。惜しいのはラインの黄金とそれ以降で歌手が変わってしまうので一貫性に傷があることだ。特にウォータンのジョージ・ロンドンの品のない声はいただけない。ミーメもできればシュトルツェで聴きたい。まあラインの黄金はどちらかといえば主人公がいるようでいないようなイントロのような扱いを受けているが、すべての話の始まりはここにあり作品としては扱い以上に素晴らしいと自分は思っているのだが!
歌手に加えてオーケストラがウイーンフィルであることがこの作品を更に素晴らしくしている。弦の素晴らしさは言うに及ばず金管の迫力とつややかさは再生装置からもうかがえる。
ショルティの指揮については異論もあるかもしれない。最初、カルショーはクナッパーツブッシュを考えていたそうだがステレオのごく初期のころの技術や、それ以前に録音する作業そのものに関心を全く持たなかったクナッパーツブッシュではリングの音化は難しいとカルショーは考えたようだ。その点ショルティは若く、柔軟性もありカルショーに協力的であったようだ。カルショーがショルティに関心をもったのはショルティがバイエルン国立歌劇場でワルキューレを振っていたのを聴いて偉く感動したのが発端だそうな。7年間でショルティも大いに変わりラインの黄金の時はダイナミックな音楽作りだったが最後のワルキューレでは柔軟な音楽作りになっておりスケールもその分大きくなった。一人の指揮者の成長過程もうかがえて面白い。この間、ショルティはコベントガーデンの音楽監督をしていたというからそういう経験もこのレコードに生かされているのだと思う。

さて今回エソテリック社によってリマスターされてSACD化されたものを改めて全曲通して聴くと初めて聴いた頃のことが思い出されて懐かしい。もともとこれは97年にリマスターされてCDで発売されており自分はそれを10年以上聴いているわけだが今回のエソテリック盤はその延長線上の音ではなくむしろ初めてこの曲をレコード盤で聴いた頃の音を思い出させたのである。そのころは最初はシュアーその後オルトフォンというメーカーのカートリッジでパイオニアの同軸型のスピーカーを鳴らして聴いていたわけだがその装置でラインの黄金を初めて聴いた衝撃が今回のSACD化で蘇ったように感じた。要は昔のデッカのつややかな音が再現されたのである。
高弦はつややかで低音は沈み込むように深い。ダイナミックレンジも大きい。声もつややかできつい音はほとんど出さない、それともともとそうであったが特筆すべきは音場である。舞台が手に取るように分かるのである。97年の盤は全体におとなしくこれはこれで良いのだが少々味が薄い。このエソテリック盤を聴いてしまったらもう後戻りはできないだろう。このエソテリック盤は演奏、録音とも今考えられる最上のリングではないだろうか?

さて、ショルティ/ウイーンのリングと合わせてかれこれ20年近く聴いてきたのはカール・ベーム/バイロイト/67年ライブ盤である。この演奏は歌手がショルティとかなりかぶっており舞台で聴くリングの最上のものだと思う。今聴くと録音は大分古くなってきたがライブの迫力は何物にも代えられない。ただライブといっても実際はゲネプロなどの録音も混ぜているらしい。

昨年の12月にこの録音のライバルが突如現れた。それが冒頭申し上げた2008年のライブ盤である。これは最後に拍手やブラボーの声が入っておりライブ盤に間違いないと思う。ただ録音の月は書いてあるが日付まで書いていないので自分の聴いた公演かどうかはわからない。ライブ盤は日付もいれてこそレコード芸術として価値がでてくるのではないだろうか?

さて、主な演奏者は以下の通り

指揮:クリスティアン・ティーレマン

ウォータン:アルベルト・ドーメン
ミーメ:ゲルハルト・シーゲル
アルベリヒ:アンドリュー・ショア
ジークムント:エンドリック・ヴォトリッヒ
ジークリンデ:エヴァ-マリア・ウエストブルック
ブリュンヒルデ:リンダ・ワトソン
ジークフリート:ステファン・グールド
ハーゲン:ハンス-ペーター・ケーニッヒ

今回CDが発売になり改めて聴きなおしてみると印象としては一昨年(8/21-25日)と大きくは変わっていない。

以下当時の日記と今回と比べてみよう。「 」は当時の日記。

ラインの黄金だが8/21に期待に胸を膨らませて臨んだが「どういうことか
バイロイトの最初の音は何か軽い。凄みもない。ティーレマンはこんなはずはない。おかしいおかしいと思っているうちにどんどんオペラは進んでゆく」「ミーメ、アルベリヒ、ローゲはラインの黄金では重要人物だが水準以上、特にミーメが良かった、アルベリヒの声には違和感があったが大きな不満ではない」と言った具合。CDで聴くと軽いとは思わないが何かもっさりしたというか勿体をつけたというか、たたみかけるときにブレーキをかけられたようなもどかしさを感じた。特にオーケストラが浮き彫りになる場面転換の迫力ある部分が物足りない。歌手はアルベリヒが声質が明るいせいか今一つ凄みがないので少々物足りない。神々の黄昏の二幕の冒頭では結構良かった。ミーメは良かったがおそらく演技を見ての評価だと思う。このように音だけだとちょっと声質が低くイメージが合わない。むしろローゲ役の声のほうが合っているように感じた。

次にワルキューレ「昨日の今日である、半ば不安のまま着席。ワルキューレは分厚い低弦でジークムントの逃走をあらわす切羽詰まったような音楽で始まる。これが昨日とは全然違う。ものすごい迫力。鳥肌が立つ。ジークムントとジークリンデもまずまずで満足。」CDはどうか?やはり一幕の冒頭は凄かったし、ジークムントとジークリンデはとても良い。特にジークリンデは今公演の歌手陣では最良と感じた。その他ブリュンヒルデは舞台では高水準と思っていたがCDで聴くと高音をひきずるというか独特の癖があり少々耳触りである。ウォータンは悪くはないと思うのだが少々荒っぽく感じた。わざと荒々しさを出しているのかもしれない。

ジークフリートはあまりに演出がひどいので日記にはそのことが中心。ただティーレマンの指揮について第二幕の溶鋼歌・鍛造歌で少々触れている。「しかし音楽は凄い、溶鋼歌ではぐっとテンポを落とし巨大な音楽にしているがちょっとわざとらしいかもしれない」。さてCDでその部分を聴いてみるとやはり少々わざとらしさを感じる。これが自然と出れば真の巨匠なのだろう。こういう部分はいろいろでてくる。緩急つけているのだが緩のところが少々緊張感が薄れるように感じた。ラインの黄金がその良い例ではないだろうか?

最後はいよいよ神々の黄昏である。「ジークフリートラインへの旅立ちの音楽はいつ聴いても胸が躍るがティーレマンの演奏は推進力があって好きである。・・・・第一幕は長大で苦手であったがティーレマンの演奏は全く緩むことなく一気に聴けた。ブリュンヒルデとワルトラウテの対話はいつ聴いても退屈だが今回は良かった。ジークフリートとギービヒ兄弟との絡みも面白かった」「二幕の冒頭のアルベリヒとハーゲンとの二重唱は二人の声が好みではないのが残念だったが良かった。特にハーゲンの声は凄みがあって良かった。アルベリヒは声が軽く悪役っぽくない。二幕の幕切れは見せ場だが今一つだった。ブリュンヒルデ役に今一つ凄みがなかった」。CDを聴いてもこの印象は変わらない。ハーゲンはCDでもとてもよく聴こえた。ジークフリートだが昨年の新国立の秋の公演でオテロを歌ったが、その時はもう少し重々しい声と思ったがCDでは軽く若々しい声で驚いた。舞台でこのような声だったのだろうか?
ショルティ盤、ベーム盤、そしてティーレマン盤で当分「リング」は満腹です。
                              〆