2019年11月18日
於:サントリーホール(1階12列左ブロック)


パーヴォ・ヤルヴィ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団2019来日公演


ワーグナー:タンホイザー「序曲」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第二番(ピアノ:ランラン)

ブラームス:交響曲第四番

今秋、欧米のオーケストラをいくつか聴いてきたが、ロイヤル・コンセルトヘボウの音が私にとってベストの響きだったように思う。弦の響きがきつくなく、ゆるくなく、滑らかであり、どんなに大きな音を出しても美しさを保っているし、しかも金管などがおおきな音を出しても弦はまったく埋没しないのである。これに比べるとフィラデルフィアの弦ははきついし、ウイーンフィルですら少々華美に聴こえる。木管の充実ぶりも素晴らしい。ブラームスの2楽章や4楽章など美しい。金管もいくら大きな音を出してもうるさくならない。まさに理想のオーケストラといえよう。

 最初のワーグナーは今夜の公演の中ではもっともオーソドックスな演奏である。すっきりした響きはワーグナーとは違うというかもしれないが、私には全く違和感がない。通常オペラだとすぐバレエになってしまうのでこのような序曲を聴くのはオーケストラコンサートでしかあまりないので、この曲を素晴らしい演奏で聴けたのはうれしかった。私が好きな終盤のチェロとビオラが主題を弾き、ヴァイオリン群がどんどん上昇してゆくところは、オーケストラの極上の響きが聴けて、特に印象的だった。

 ベートーヴェンは驚くべき演奏だと思う。このように演奏するピアニストはおそらくランランしかいないだろう。特に1楽章が印象に残った。ランランはフレーズを弾き終わると、手をひらひらさせたり、指揮をしているようなしぐさを示したり、云っては悪いがあまりヤルヴィの事を気にしていない。勝手に、自由奔放に弾きまくるといって良いだろう。しかも聴いていて不思議なことに、この演奏はピアノの音がしているにもかかわらず、ピアノを聴いている気がしない。むしろランランがオーケストラや聴衆に語り掛けているようにすら感じられる。特に1楽章でいえば独奏の長大なカデンツァがそうだし、2楽章などはもうまるで自分の世界に入り込み、終盤は消えなんばかり。
 しかしだからといって決してオーケストラとピアノはばらばらと云うわけでもないのが不思議なことだ。オーケストラの沈み込むようなサウンドがこのランランのピアノにはからずもといってよいかどうかわからないが、ぴったりとこはめ込まれているのである。まあ並みの指揮者、並のオーケストラではこうはいかないのではあるまいか?今夜はむりとしてもこのようなランランならむしろ弾き振りのほうがよかったかもしれない。今夜の演奏を聴いて、モーツアルトを聴いてみたいと思った人は私だけではあるまい。すごいピアニストがいるものだと感じいった次第。演奏時間は37分。愛聴盤のツィンマーマンの弾きぶりは30分弱だから随分と印象が違う。おそらくカデンツアァも違うのだろう。アンコールはメンデルスゾーンの無言歌集から「紡ぎ歌」。

 ヤルヴィのブラームスは2014年12月14日にドイツ・カンマーフィルとの演奏を聴いていて、印象としてはその時とあまり変わらない。しかしオーケストラが変わったせいもあって響きは豊潤となって、実に聴きごたえのあるブラームスだった。この四番の交響曲は昔、音楽教室に飾ってあった、あのもじゃもじゃひげの、むさくるしいブラームスの肖像画のイメージで、渋く、じじむさい音楽だとずっと思っていた。しかしクライバーのような演奏を聴くと、そういうイメージが払しょくされ、実に若々しく、力感あふれたなかにも、哀愁がただようという、独特の交響曲だということがわかってくる。
 今夜の演奏もそういう演奏の一つだ。1楽章の冒頭はさらりと入り、深い思い入れは感じられない。そして音楽は素晴らしい推進力をもって突き進む。ここにあるのはあのハンサムな若きブラームスの顔だ。若々しく、エネルギをもって突き進む。終盤の力強さはオーケストラの威力もあって驚異的である。2楽章は感じてもいない寂寥感などただよわない。むしろ少しなまめかしいとすら感じさせる。身悶えするようなロマンの香り。三番の交響曲を引きずっているような印象だ。
 3楽章の力感も凄いが、圧巻は4楽章だ。前半はコンセルトヘボウの名技を楽しませてくれ哀愁も漂うが、すごいのは、主題が回帰して、次第にテンポを上げてくるところだ。ここは指揮者もオーケストラも火の玉になって進む。これを聴いていて熱くならない人はいないだろう。素晴らしい大伽藍を形成した中で終結する。
 カンマーフィルではテンポの上げ下げの不自然なところが散見されたが、今夜はそういう無理押しはほとんどない。実に自然にオーケストラをコントロールしていた。とはいえ1楽章の終結部や2楽章の終盤の休止などはヤルヴィらしいなと思った。演奏時間はカンマーフィルと同じで39分。
 アンコールはブラームスのハンガリー舞曲三番と一番。これも凄い演奏、とにかくいつまでも聴いていたいオーケストラだった。