2017年2月27日
「蜜蜂と雷鳴」恩田 陸著、幻冬舎
2017年、直木賞受賞作である。感動的でもあり面白い本である。
青春群像劇である。私自身この手の作品は苦手であまり読まないが、本作品は音楽コンクールが舞台であり、それに魅かれて読んで見た。
主人公は4人である。彼ら4人の天才たちが芳ヶ江国際ピアノコンクールに如何に挑戦したかそのチャレンジ物語である。
まだ十代の風間 塵、もっとも天才を感じる16歳の少年である。若くしてデビューしたが母の死によりスランプに陥り、大学の教授たちに励まされ再挑戦する20歳の栄伝亜夜、若くして大物感たっぷりの19歳のマサル・カルロス・アナトール、そして最年長の28歳、楽器店の店員をしながらピアノの練習をしている、高島明石である。
作品の中で特に面白いのがこの4人のまだ短い人生の物語だ。たかだか10数年の人生が生い立ちを含めて語られる。その物語が後半の彼らの成長への伏線になっており、それぞれの到達点を彷彿とさせるようにできている。従って私には前半の2次予選あたりまでがとても面白かった。
後半は彼らがたどり着いた音楽境地、すなわちなぜ音楽をするのか、という問いかけにたいする答えが縷々語られる。それは私にはすこししつこく感じられた。しかしこのコンクールには若者が100人近くエントリーするが、彼らのほんの一握りしか成功しないにもかかわらず、彼らはなぜ日夜鍵盤に向かうのだろうか?という本書の主題に対する答えがそこでは微に入り細に入り語られるのである。しつこくはあるがそれは説得力があり、人間がなぜ生きるかに通ずるものがあるようにも感じられた。
それにしても著者の音楽的な知識は大したもので、たとえば音楽好きのわたしでもファイナリストの1次からの演奏曲リストを見ても半分程度しか聴いたことがない。しかし著者の各曲の演奏に対する表現のきめ細かいこと。音楽を文章にするのは非常に難しいがそれを実現しているということが凄い。直木賞に相応しい読みごたえのある本だった。
ただ主人公の4人がいずれも日本語をしゃべるという設定は仕方がないが、国際コンクールということを考えると少々不自然。そして細かいことだが演奏者の選曲でシューベルトが1曲もないのは著者の趣味かそれとも聴き映えがしないからだろうか?
「応仁の乱」呉蓙勇一著、中公新書
ベストセラーらしい。応仁の乱というのは教科書で見たぐらいであまり小説の舞台になったりしないし、なんとなく地味であるという印象だ。それから100年後の信長以降の時代と比べると余計そうだ。大体足利幕府自身が尊氏の人的魅力以外、以下にに続く将軍たちにあまり魅力を感じないのである。
最近「戦国無頼」という本を読み、それが応仁の乱の前夜を描いているので、そういえば応仁の乱と云うのはあまりなじみがないなあと思っていた矢先の本書である。そして本書は実に綿密に応仁の乱とその前後を一次資料を丹念に読み解き、描いている。主資料はいずれも僧侶のものである。経覚と尋尊といういずれも興福寺の別当をした人物である。戦闘には直接参加していないが、第3者的に眺めるという意味で比較的中立的である。また武士の立場だけでなくその時代に生きたいろいろな人々にスポットを当てているのが面白い。論文調の書き方だが引用や前頁での扱いなどもタイミングよく復活してくれているので実に読みやすい。これは応仁の乱を勉強するには格好の佳作である。
「汚染訴訟」ジョン・グリシャム著、新潮文庫
グリシャムのお得意のリーガルサスペンスだ。面白いことは面白いが過去の彼のこのジャンルの作品に比べると少々物足りない。
それはおそらく主人公のサマンサ・コーファーの女性弁護士としての成長物語がセンターにあり訴訟事件が脇にあるからではないだろうか?過去にレインメイカーなどと云う作品も若い弁護士の成長物語ではあったが、しかし話のセンターはあくまでも訴訟事件なのである。本作でも案件はいろいろ出てくるが、それはほんとうにいろいろであり、本書の汚染訴訟と云うタイトルがぼけてしまいそうである。この手の話ならグリシャムでなくてもよかったのではないか?やはりリーガルサスペンスは文字通りそれを味あわせて欲しいものだ。
「ホルケウ英雄伝」山浦玄嗣著、KADOKAWA
紀元8世紀のころの、おそらく日本の話。大和朝廷(元正女帝のころ)は東北(エミシ)へ進出、日本を統一しようと試みている。しかしエミシは反乱をおこし激しく抵抗をする。
主人公はエミシの住む北の果てケセ(気仙沼か)出身の少年マサリキン、吟遊詩人でもある。愛馬とともに人生修業の旅に出ている。そこで大和の圧政を目の当たりにする。ヒロインは大和の東北への橋頭保の鎮守府の役人に献上される女奴隷チキランケ、絶世の美少女である。物語はこの二人の出会いから別れまでを大和朝廷軍とエミシ反乱軍の激突を交えて進む。
この二人の主人公の成長物語としてもおもしろいが、大和朝廷を征服者として、そしてエミシを被征服者として描いており、その単純さが劇画風で面白い。ただそれゆえかエミシの人々はあまりに美化されていて、ホントかいなと思わせる部分もある。とにかく大和は皆悪人で、エミシに悪人はいないというのである。それだから劇画風と云えるのだろうけれど!
地名表示はすべてエミシの言葉(ケセン語というらしい)であらわしているので日本語で読むという意味では至極読みづらい。そこにもリアルさが欠けた、童話を読んでいるような印象を与える原因がある様な気がする。虐げられたエミシと云うのはわかるがあまりにも内容も表現も被害者意識が強すぎるように思った。東北の人が読めば面白いのだろうか?
ただ読み物としては活字で読む漫画みたいなものなのですらすらと読めおもしろいことは否定しない。
著者は医師でケセン語の大家だそうだ。
〆
「蜜蜂と雷鳴」恩田 陸著、幻冬舎
2017年、直木賞受賞作である。感動的でもあり面白い本である。
青春群像劇である。私自身この手の作品は苦手であまり読まないが、本作品は音楽コンクールが舞台であり、それに魅かれて読んで見た。
主人公は4人である。彼ら4人の天才たちが芳ヶ江国際ピアノコンクールに如何に挑戦したかそのチャレンジ物語である。
まだ十代の風間 塵、もっとも天才を感じる16歳の少年である。若くしてデビューしたが母の死によりスランプに陥り、大学の教授たちに励まされ再挑戦する20歳の栄伝亜夜、若くして大物感たっぷりの19歳のマサル・カルロス・アナトール、そして最年長の28歳、楽器店の店員をしながらピアノの練習をしている、高島明石である。
作品の中で特に面白いのがこの4人のまだ短い人生の物語だ。たかだか10数年の人生が生い立ちを含めて語られる。その物語が後半の彼らの成長への伏線になっており、それぞれの到達点を彷彿とさせるようにできている。従って私には前半の2次予選あたりまでがとても面白かった。
後半は彼らがたどり着いた音楽境地、すなわちなぜ音楽をするのか、という問いかけにたいする答えが縷々語られる。それは私にはすこししつこく感じられた。しかしこのコンクールには若者が100人近くエントリーするが、彼らのほんの一握りしか成功しないにもかかわらず、彼らはなぜ日夜鍵盤に向かうのだろうか?という本書の主題に対する答えがそこでは微に入り細に入り語られるのである。しつこくはあるがそれは説得力があり、人間がなぜ生きるかに通ずるものがあるようにも感じられた。
それにしても著者の音楽的な知識は大したもので、たとえば音楽好きのわたしでもファイナリストの1次からの演奏曲リストを見ても半分程度しか聴いたことがない。しかし著者の各曲の演奏に対する表現のきめ細かいこと。音楽を文章にするのは非常に難しいがそれを実現しているということが凄い。直木賞に相応しい読みごたえのある本だった。
ただ主人公の4人がいずれも日本語をしゃべるという設定は仕方がないが、国際コンクールということを考えると少々不自然。そして細かいことだが演奏者の選曲でシューベルトが1曲もないのは著者の趣味かそれとも聴き映えがしないからだろうか?
「応仁の乱」呉蓙勇一著、中公新書
ベストセラーらしい。応仁の乱というのは教科書で見たぐらいであまり小説の舞台になったりしないし、なんとなく地味であるという印象だ。それから100年後の信長以降の時代と比べると余計そうだ。大体足利幕府自身が尊氏の人的魅力以外、以下にに続く将軍たちにあまり魅力を感じないのである。
最近「戦国無頼」という本を読み、それが応仁の乱の前夜を描いているので、そういえば応仁の乱と云うのはあまりなじみがないなあと思っていた矢先の本書である。そして本書は実に綿密に応仁の乱とその前後を一次資料を丹念に読み解き、描いている。主資料はいずれも僧侶のものである。経覚と尋尊といういずれも興福寺の別当をした人物である。戦闘には直接参加していないが、第3者的に眺めるという意味で比較的中立的である。また武士の立場だけでなくその時代に生きたいろいろな人々にスポットを当てているのが面白い。論文調の書き方だが引用や前頁での扱いなどもタイミングよく復活してくれているので実に読みやすい。これは応仁の乱を勉強するには格好の佳作である。
「汚染訴訟」ジョン・グリシャム著、新潮文庫
グリシャムのお得意のリーガルサスペンスだ。面白いことは面白いが過去の彼のこのジャンルの作品に比べると少々物足りない。
それはおそらく主人公のサマンサ・コーファーの女性弁護士としての成長物語がセンターにあり訴訟事件が脇にあるからではないだろうか?過去にレインメイカーなどと云う作品も若い弁護士の成長物語ではあったが、しかし話のセンターはあくまでも訴訟事件なのである。本作でも案件はいろいろ出てくるが、それはほんとうにいろいろであり、本書の汚染訴訟と云うタイトルがぼけてしまいそうである。この手の話ならグリシャムでなくてもよかったのではないか?やはりリーガルサスペンスは文字通りそれを味あわせて欲しいものだ。
「ホルケウ英雄伝」山浦玄嗣著、KADOKAWA
紀元8世紀のころの、おそらく日本の話。大和朝廷(元正女帝のころ)は東北(エミシ)へ進出、日本を統一しようと試みている。しかしエミシは反乱をおこし激しく抵抗をする。
主人公はエミシの住む北の果てケセ(気仙沼か)出身の少年マサリキン、吟遊詩人でもある。愛馬とともに人生修業の旅に出ている。そこで大和の圧政を目の当たりにする。ヒロインは大和の東北への橋頭保の鎮守府の役人に献上される女奴隷チキランケ、絶世の美少女である。物語はこの二人の出会いから別れまでを大和朝廷軍とエミシ反乱軍の激突を交えて進む。
この二人の主人公の成長物語としてもおもしろいが、大和朝廷を征服者として、そしてエミシを被征服者として描いており、その単純さが劇画風で面白い。ただそれゆえかエミシの人々はあまりに美化されていて、ホントかいなと思わせる部分もある。とにかく大和は皆悪人で、エミシに悪人はいないというのである。それだから劇画風と云えるのだろうけれど!
地名表示はすべてエミシの言葉(ケセン語というらしい)であらわしているので日本語で読むという意味では至極読みづらい。そこにもリアルさが欠けた、童話を読んでいるような印象を与える原因がある様な気がする。虐げられたエミシと云うのはわかるがあまりにも内容も表現も被害者意識が強すぎるように思った。東北の人が読めば面白いのだろうか?
ただ読み物としては活字で読む漫画みたいなものなのですらすらと読めおもしろいことは否定しない。
著者は医師でケセン語の大家だそうだ。
〆