ぶんぶんのへそ曲がり音楽日記

オペラ、管弦楽中心のクラシック音楽の音楽会鑑賞記、少々のレビューが中心です。その他クラシック音楽のCD,DVD映像、テレビ映像などについても触れます。 長年の趣味のオーディオにも文中に触れることになります。その他映画や本についても感想記を掲載します。

2009年12月

2009年12月29日

我が家のスピーカーがタイトルの機種に変わった。
四半世紀以上にわたって愛用してきたタンノイ社のスピーカー(最初はアーデンそしてエディンバラ)を変えたのである。
タンノイの音にそう大きな不満があったわけではない。スーパーツイーターをつけCDプレーヤーもアキュフェーズに変えて、またエージングもかなり進んでこれ以上引き出せないレベルの音まで追い込んだつもりである。さてそうなるとタンノイ本来の持つ宿命的な音にわずかながら不満が出てきたのである。
それは第一に高音である。ヴァイオリンや弦楽合奏、オーケストラなどほぼ不満がないがピアノや人間の声に伸びが欠けるのである。人間の声のほうは伸びが欠けるというよりもソースによっては声がきつくなるのである。たとえばドミンゴやモナコ、コレルリなどのテノールやギャウロフのようなバスなどである。第二に低音である。低い音がどうしても明瞭度に欠けるのである。たとえばコントラバスのうねるような動き。ティンパニや大太鼓などに不満がでる。音のイメージはでるのだが実際の低音がでないので何かもどかしい。ピアノの左手の動きももどかしい。しかしこれでも自分でいうのもなんだがかなり自分のイメージに近い音、もっとずうずうしくいえばかなりハイレベルの音なのである。それはさておき、第三は音場である。最新のスピーカーに比べると音の広がりや奥行が物足りない。アキュフェーズのCDプレーヤーにしてかなり良くなったんだが!

ということで満足してはいるがもっと良い音の出るスピーカーがあるのではないかというオーディオ的ドンファンの気持ちになってしまったのである。しかしこのタンノイのイメージを残しなおかつ高音の伸びと低音の明瞭さ、さらには音場の改善を期待できるようなスピーカーがはたしてあるのだろうか?

2008年のインターナショナルオーディオフェアで初めてB&Wのシグネチャーダイアモンドを聴いたときにこれだと思ったのである。それ以前に2007年のステレオサウンド誌のグランプリもとっており、それよりなにより我がアンプの製作者である上杉氏が最後のスピーカーにしたいくらいだと絶賛していたので興味は以前からもっていたのである。しかしこれを聴いた時点ではまだタンノイが発展途上でありもう少し追い込みたいという気持ちもあり悩みながらも見送ったのである。といえばかっこいいが高すぎて手が出なかったのであるというのも見送った大きな理由であった。

さて、今年になって上記のようにタンノイの音の限界を感じるようになりいろいろスピーカーを試聴してまわったが結論的にいえばシグネチャーダイアモンドを凌ぐものはなかったのである。いやあることはあった。それはアメリカのアヴァロン社のタイムというスピーカーであった。しかしこれはめちゃくちゃ高い。それともう一つ部屋は6畳なので試聴室で良かったからといって自室に持ち込んでも良い結果がでるとは限らないからである。たとえばソナスファベール社のストラディヴァリなども良いとは思ったがでかいし試聴室でさえも低音過多でちょっと6畳では無理であった。

ということでシグネチャーダイアモンドへの思いは募ったがここで問題があった。それはこのスピーカーは限定1000台の記念モデルだったのである。2007年発売だから2009年の今年入手できるかという問題である。

そんなある日あるオーディオ専門店でシグネチャーダイアモンドが入荷するという記事をその店のホームページでみたのである。おりしもちょうど円高であり価格も手に入れやすいレベルまで下がるのではという期待もあり、早速試聴をかねてその店に赴いた。CDを20枚ほど持って!
音は期待通りである。特に声が素晴らしい。タンノイでは出切らないコレルリの声「誰も寝てはいけない」も実に美しいのである。その他オーケストラ、ピアノとも自分のイメージどおり。誤解を恐れずに言えばタンノイの延長線上にこのスピーカーがあるように思うのだ。価格は円高とタンノイの下取りで何とかなりそうであり即決で決めてしまった。正直タンノイの音には未練はあったのである。しかし6畳間に2台のスピーカーは無理である。泣く泣く下取りしていただいた。どうか良い方に巡り合えば良いなあと思う。

このシグネチャーダイアモンドはB&W社(BOWERS&WILKINS)というイギリスのスピーカーメーカーの40周年記念モデルで上記のとおり1000セット限定である。500セットは白で、500セットはWAKAMEといって黒に近い。本当は白が欲しかったのだが白のほうが先に完売してしまったそうだ。おそらくこれをデザインしたケネス・グランジ氏も白をイメージしてデザインしたというから見た目はそのほうがよいのだろう。
構成は実にシンプルでツイーターと18センチの中低音用との組み合わせである。なんのことはないこの構成は自分が学生のころ初めてまともなスピーカーとして買い求めたパイオニアの同軸型PAX20Fと同じ構成であった。ほぼ半世紀後に祖先がえりではないが振り出しに戻ってしまったようだ。

2009年12月15日に納入された。それから二週間シグネチャーダイアモンドはもう何年も前から我が家にあるかのような涼やかな音をだしている。当初はエージングにはかなり時間がかかるのではないかと心配した。最初の何日間はちょっときつい音かなと思ったが今ではエージングがすんだような音の様に思える。おそらくエージングが進めばもっと滑らかな音になるような予感がしている。スピーカーのセッティングはB&Wの取扱説明書通りに自分の試聴位置の前をふたつのスピーカーがクロスするようにかなり内振りにした。これによる効果は絶大で定位はタンノイ以上である。またB&W社にスパイク使用について確認したところ使用すべきとの指示があり現在はスパイクをつけて聴いている。ただしスピーカーベースに傷をつけたくないので二種類のスパイクのうちゴムでコーティングされたほうを使っている。正直言ってこの二種類のスパイクの差は聴いてもあまり分からない。なお書き忘れたがこのスピーカーの製作の総責任者は元タンノイ社に勤めていてかの有名なウエストミンスターの製作にかかわったのだそうである。(スピーカーのデザインは上記のとおり)それでこの音なんだと納得した。

さて、音はどうか?まだそれほど聴いていないがいくつか列記する。
ホーネック/ピッツバーグのマーラーの一番は実にスケールが大きくヴォリュームをいくら大きくしてもうるさくならない。四楽章の大太鼓がすさまじい。
クライバー/ウイーンのベートーベンの七番は音の奥行もさることながら高さもしっかり出ていて感動的な音。
ショルティ/シカゴのマーラーの五番はかなり古い録音だがデッカの良き時代のサウンドが味わえる。豪快な音。
アンセルメ/スイスロマンドによるサンサーンスの三番はオルガンの録音で有名だがあまりヴォリュームをあげなくても部屋がふるえそうな低音で充満した。ちょっと怖いくらいの低音だ。
カラヤン/ベルリン(61年)のベートーベンの二番と九番はオーケストラの弦がヴォリュームを上げるとちょっときつくなるところが録音の古さを感じるが適正のレベルで聴く分には不満はない。
エソテリックによってSACD化されたショルティによるワーグナーのニーベルンクの指輪はラインの黄金ジークフリートしか聴いていないがこれは本当に素晴らしく、歌手の動きがト書き通りであるし、それよりなにより目の前に舞台があって、それも前から17番目くらいの席で聴くような、歌手が歌っているようにさえ聴こえるのである。音は重厚かつ華麗で昔オルトフォンのSPU-GTでこの曲を聴いていたがそれを彷彿とさせる。97年リマスターのCDと一部聴き比べて見ると97年のほうが何かさらっとしていてこれはこれでもいいかなという印象だがエソテリックを聴いてしまったらもう戻れないだろう。
ユベール・スダーン/東京交響楽団のシューベルトの五番のライブ録音はちょっと近いが生のリアリティーがでているし六番はサントリーホールで聴いているがティンパニの音がすさまじい。
セラフィン/モナコによる道化師はかなり古い録音だがそれでも舞台を彷彿とさせる音場設計がよくわかり感動が伝わる。
パッパーノ/サンタチェチーリアによるベルディのレクイエムはややデッドな録音ながら一つ一つの音が実に新鮮で新しい録音だということがよくわかる。
ホロヴィッツによるスカルラッティのピアノソナタは古い録音だが粒立ちも良く見違えるよう。
菊池洋子によるモーツァルトの12番のピアノソナタは新しい録音らしく左手、右手の動きが明瞭でピアノの音を楽しめる。
内田光子/ジェフリーテイトによるモーツァルトの23番のピアノ協奏曲はオーケストラの編成が少ないので弦の再生がなかなか難しいがここではなめらかな音。ピアノもころころと美しい。3楽章の冒頭の管楽器が沸き立つような部分は素晴らしい。
カルミニョーラ他のバロックのヴァイオリン協奏曲群だけはタンノイのふかぶかした音のほうが懐かしい。これはエージングで解決するだろう。その他きりがない。

このスピーカーは非常にヴォリュームに対する反応が敏感でソースごとの最適ヴォリュームを見つけるのがクリティカルな作業になる。たとえばヴォリュームのつまみを1ミリ動かしただけで音がかなり変化するのである。上杉のアンプの出力は40wであり、B&W社の推奨アンプ出力は50W以上なので心配したが全く問題なかった。ヴォリュームについてさらに言えばいくら大きくしてもうるさくならないので新しい良い録音のものなどは野放図にヴォリュームを上げてしまう。それゆえ適正ヴォリュームを見つける作業がクリティカルなのである。たとえばホーネックによるマーラーなぞはそうである。     今の様にぽんと指示通りにおいただけでもこのような音を出すのだからこの後さらに追い込んだらどうなるか空恐ろしいスピーカーである。これが最後のスピーカーになると思うので墓場へ持って行くつもりで聴きこみたい。
                               終わり

2009年12月26日
於:サントリーホール

東京都交響楽団特別演奏会

ベートーベン:交響曲第九番
       エグモント序曲

指揮:ゴロー・ベルク
ソプラノ:澤畑恵美
メゾソプラノ:竹本節子
テノール:望月哲也
バリトン:成田博之
合唱:二期会合唱団

年末の第九は久しぶり、東京都交響楽団の音楽が印象が強かったので今年は行くことにした。(インバルのブルックナーやベートーベン)

最初はエグモント序曲。まあとってつけたようなメニューであるが小手調べのようなものだろう。テンポを良く動かしまた休止も恣意的でちょっと落ち着かず不安になった。ヴァイオリンも少々荒目。ところで東京都交響楽団の音はとてもピュアーな音でこのところ気に入っている。荒々しい音はあまり出さずに実にすがすがしい印象をいつも与えてくれる。まあエグモントは前座なので第九に期待。

演奏時間はおよそ65分であるからほぼ中庸の演奏。しかし中身はなかなか変化があって面白かった。2楽章は11分かけて演奏しているがスケルッオがかなり遅い、そしてトリオになると滅法速い。その他3楽章では後半テンポを上げたり4楽章も最後の4重唱のあとからオーケストラを駆り立てかなり速いテンポになるといった具合で一見非常に正統的?な演奏だが中身の味付けは興味深かった。

オーケストラの配置は通常どおり。左より第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン、右奥にバスと言った具合。合唱は通常のP席ではなくオーケストラの後ろに配置。かなり横長の配置になり音もパノラマ風でなかなかよかった。したがって合唱団の数も通常より少ないのではないか?オーケストラでは今夜のティンパニは実に存在感があった。譜面通りなのだろうが撥をいろいろ持ち替え音の変化が味わえた。軽い音でもなくかといって鈍重でもない、ただ存在感があるとしか言いようがない。ズシンと心に響く音だったと思う。木管は3楽章で本領を発揮。この楽章は16分ほどかけかなり丁寧に演奏していたように感じた。今夜最も良かったと思う。特に後半は感動した。大好きな1楽章は弦が何か上滑りでイマイチだったのは少々残念。2楽章はティンパニの乾いた音が印象的。そしてトリオの快速ぶりは爽快であった。2楽章以降オーケストラもいつもの音に戻り弦も透明感を取り戻し楽しめた。ただ4楽章ではバス陣が今一つ重量感が足りないように感じた。

4楽章は歌手陣はまずまず。ただ独唱者は合唱団とオーケストラに挟まれ少々苦しそう。特に女性は気の毒。テノールの望月は二期会の「カプリッチョ」にも出ていた。その時は今一つの印象であったが今夜は大熱演で4人のなかではもっともインパクトがあった。合唱も熱演でした。
上記のとおり4重唱のあたりからオーケストラはテンポを上げ始めコーダでは解き放たれたような豪快な音、金管もさわやかでとくにトランペットが実に気持ち良かった。

ゴロー・ベルクはドイツの指揮者。1968年生まれと言うからまだアラフォーで、指揮者としてはまだ若手だろうがなかなかのものだと感じた。マルティン・ジークハルトにしても今夜のベルクにしても、年代は違うがエリアフ・インバルにしても独奥系の指揮者がドイツ・オーストリアの音楽を指揮したときの充実した音楽は本当に素晴らしくライブの醍醐味を味わえる。極端なことを言うとオーケストラの音が変わるのである。
暖かい年末、良い音楽を聴いて心も温かくなり、行きつけのすし屋で今年最後のすしを食べて家路につきました。
                               
ベートーベンの第九は我が家に何枚あるだろうか?
フルトヴェングラー/バイロイト、クレンペラー/フィルハーモニア、カラヤンはベルリンフィルで3種類、ジンマン/チューリッヒ、ラトル/ウイーン、最新のものはパーヴォ・ヤルヴィ/ブレーメンである。
正直言って人類が生んだこの最も感動的な名曲はよほど凡庸な指揮者でない限り深い感動をもたらすわけだが、上記のなかではフルトヴェングラーが最も感動的であると思う。ただモノラルで録音もあまりよくないので少し減点しなくてはならない。それとおそらく2度と同じ演奏はできないであろう一発もの的な印象がありレコード芸術として繰り返して聴く気にはならない。そういう意味で一番安定感があるのはカラヤンで録音も良い75年盤が愛聴盤である。ヤルヴィの演奏は最新のものだがオーケストラの編成がすくないので音が軽やか。そしてテンポもかなり速いのでユニークな演奏で評価が分かれると思う。私はやはり少々軽すぎると思う。最近では最も面白かった演奏である。

なお、スピーカーをタンノイからB&WのSIGNATURE DIAMONDに変えた。現在セッティング調整中だがこれからはこのスピーカーで試聴した内容を記載する。新スピーカーについての評価は別欄にまとめるつもりである。ラインアップは以下の様になった。

スピーカー:シグネチャーダイアモンド
アンプ:上杉、プリ・メイン
CDプレーヤー:アキュフェーズDP700
                              終わり

2009年12月18日

第691回東京都交響楽団定期演奏会
於:サントリーホール(9列右ブロック)

シューマン:ヴァイオリン協奏曲
ブルックナー:交響曲第七番

ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
指揮:ジェームズ・デプリースト

シューマンのヴァイオリン協奏曲は珍しい。今夜初めて聴いた。いろいろ問題があったらしく(演奏上だそうな)初演は作曲されてから約80年後だったそうである。3楽章からなり1楽章は全体に落ち着かない、特に伴奏が第1ヴァイオリンとチェロがメロディーをなぞっているのに第2ヴァイオリンとヴィオラが小刻みに単調な音楽をを弾き続けている部分が何度か繰り返されるのでなにかせわしないのである。ただコーダの直前のヴァイオリンの独奏が奏でる音楽がとても美しく印象に残る。コーダはおそらく超絶技巧の音楽。第2楽章は夢見るような音楽。そして第3楽章はポロネーズで沸き立つような音楽であったが繰り返して聴きたい音楽ではない。
 イザベル・ファウスト``は欧州で活躍しているらしい。若いヴァイオリニスト。技術的にはどうこう言えないが音色は非常に穏やか。楽器はストラディヴァリウスのスリーピング・ビューティーという名器だそうで、そのせいもあるかもしれない。音にエッジが立たないので、聴きやすいが物足りなさもある。前から9列目なのに嫌な音は全く聞こえない。こういう種類の美音もいいなあと思う。アンコールはバッハのパルティータ2番からサラバンド、これは非常にゆっくりした感情を込めた演奏で楽器の音色にマッチしており静寂の中ぽっかり浮かんだヴァイオリンの音が素晴らしかった。
 ブルックナーの七番は学生のころシューリヒト/ハーグなんたらというオーケストラで聴いたのが初体験。そのころブルックナーといえばクナッパーツブッシュの八番かケルテスの四番ばかり聴いていたのでこの音楽の持つ魅力は非常に新鮮だった。特に1楽章の雄大さと2楽章の美しさは言葉にできない。今は聴く場合はヴァント/ベルリンかカラヤン/ベルリンのどちらかである。特に前者の生み出した1楽章の音楽はCDを聴いていても肌に粟を覚えるほどである。
 デプリースト``はアメリカ生まれで73歳。かなり太っている(これは音楽とは関係ないが太っている人の音楽はあまり期待できないという先入観がある、体重すら自己管理できない人が良い音楽を作れるわけがないではないかと勝手に思い込んでいるのである、名指揮者で太っている人はあまりいないでしょ)。今夜の演奏はどうか?ノヴァーク版による演奏でカラヤンのもヴァントのもいわゆる原典版で比較ができないが演奏時間は66分でヴァントとほぼ同じ。カラヤンよりは少々遅い。
 1楽章はゆっくりした主題の提示。ただ第3主題は少々速めに感じた。この楽章ではうねるような展開部がとくに素晴らしかった。また2楽章でも同じく展開部が美しい。いつもはもういいやと,思うコーダのワグナー・テューバとホルンの重奏がとても印象に残った。
最もよかったのは第3楽章で少々速めのテンポのスケルッツオそしてぐっと落ち着いたトリオとの対比が素晴らしかった。ただトリオでのトランぺットはもう少し響かせて欲しかった。オーケストラを断ち割るように響くトランペットを聴きたい。第4楽章も良かったがホルンが疲れてしまったのか一部で破たんをしてしまい興を削いだのは残念。それまでは非常に頑張ったのに!コーダの盛り上がりは盛大なもので満足のゆくものだっただけに誠に残念。ここでもワグナー・テューバの音が印象的だった。CDで聴いてもいままでは聴き流していたようだ。次回から良く聴いてみよう。
ということで結構楽しみましたので前言は取り消します。
                               終わり

2009年12月15日
於:サントリーホール(14列中央ブロック)

第488回読売日本交響楽団定期演奏会

指揮:オスモ・ヴァンスカ

アホ:交響曲第七番
ベートーベン:交響曲第七番

アホはフィンランドの音楽家で今年60歳、この七番の交響曲は日本では本日が初演である。あまりなじみのない音楽家である。この交響曲は「虫の生活」といいうオペラから作られたという。全体が6楽章からできていてありとかかげろうとかのサブタイトルがついている。特徴は低音楽器、たとえばあまり普段は目立たないチューバなどが活躍する。コントラバスも雄弁。それとありとあらゆるといってはおおげさだが打楽器が大活躍。
面白かったのは2楽章の「蝶々」でフォックストロットとタンゴのリズムで書かれていて蝶々の雰囲気をだしている。それと「あり」4楽章、これは行進曲。最初は静かに始まるがクライマックスに向かって楽器も増えボレロみたいだが最後は盛大に盛り上がる。二階両サイドにはトロンボーンが二丁づついてこれも呼応してパノラマのような雰囲気。ありが行進しているような不気味な音楽でもある。読響はこのような新しい曲が得意の様だ。各楽器が生き生きと聞こえこの初めての曲を十全なものとしていたように思う。演奏後作曲家も登壇して盛り上げた。

ベートーベンの七番は先日インバルの巨匠的な名演を聴いたばかり。日本人は七番が好きなのかも。今夜のヴァンスカの指揮は一言でいえば男性的なもの。初めて接した指揮者であったがなかなか面白い演奏を聴かせてくれた。指揮はダイナミックなもの。1楽章なぞはコーダあたりでバーンスタインばりにぴょんぴょん跳ねる。
 演奏時間は約39分であるが時間以上に早く感じた。特に2,3,4楽章は聴感上は速く聴こえる。男性的に感じたのはまず金管が非常に強調された演奏でとても迫力があった。意図的に強調したかもしれない。いつもだとこのような金管強調型だと耳にキンキンして耐えられないが今夜はそうではなかった。なぜなら低弦が実に強力だったからである。非常に分厚くそのうえに金管やバイオリンが乗るので全然嫌な音が出ないのである。P席の友人が金管が物足りないと言っていたがこれはP席だから。金管は音が直進するからP席にはダイレクトに届かないからだろう。14列目ではそんなことはなかったのである。
 もう一つはダイナミックレンジが聴感上とても大きく感じた。つまり弱音と強奏との差が大きいのである。とてもスケールが大きく感じる。
 そしてティンパニがものすごく雄弁であった、撥も1,3(スケルッツオのみ)、4では固い、小さいもので実に迫力のある音。やればできるのではないの。こういうティンパニは大好きだし自分のベートーベンのイメージに合っている。初めてノリントンのベートーベンを聴いた時のような印象。また2楽章では撥を変え大きく柔らかいもので演奏してソフトな雰囲気を出していた。追記しておくがこの第2楽章でさえもダイナミックレンジがものすごく大きく圧倒される。
 今夜ほど文章にするもどかしさを感じたことがない。この音響効果は実際に聴いていただくしかないだろう。
 1楽章は13分強でクライバーなみ。スケールが大きい。2楽章はやや早めに感じたが8分、しかしせかせかした感じはない。出だしは静かに始まるが強奏は盛大に盛り上がる。3楽章は入りが速いしかしトリオでぐっとテンポを落とすクライバースタイル。4楽章はカラヤンばりの猛スピードではいるが実際はカラヤンほどは速くない。カラヤンは入ったテンポで突っ走るがヴァンスカは途中で手綱を緩めるからだろう。クライバーは入りは普通のテンポだが上がりがめちゃくちゃ速い。追い込みの馬みたいだ。閑話休題。
 ということで人によってはこんなのベートーベンではないというかもしれないが私は楽しめました。上記のとおり読響が実力を発揮してくれたのもうれしい。マルティンジークハルト/日本フィルでも感じたがやはりオーケストラは指揮者次第なんだろうか?
                               終わり
補足:事前にクライバー/ウイーンとカラヤン/ベルリンのCDを聴いたがクライバーが実に良かった。それは緩急の付け方が自然に耳に入ってきて興奮をもたらす。カラヤンも好きだがどちらかと言うと一本調子に聴こえる。特に4楽章では顕著。その直進性は素晴らしくおそらくライブで聴くと凄いのだろうが繰り返して聴くと年のせいかちょっと疲れる。
                               〆

2009年12月13日
於:新国立劇場

プッチーニ「トスカ」

指揮:フレデリック・シャスラン
演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ

トスカ:イアーノ・タマー
カヴァラドッシ:カルロ・ヴェントレ
スカルピア:ジョン・ルンドグレン
アンジェロッティ:カン・リン・ペン
スポレッタ:松浦 健


ディアツの演出で聴くのはこれでおそらく3回目だ。非常にオーソドックスな演出でおそらくごく一部の新し物好きのオペラファン以外は満足する演出ではないだろうか?

この「トスカ」というオペラは自分にとってはちょっと異端児である。というのは初めてこの曲を聴いたのはレコードでトスカはビルギット・ニルソン、カヴァラドッシはフランコ・コレルリ、そしてなんとスカルピアはフィッシャー・ディースカウ、指揮はロリン・マゼールなのだから。ふつうはマリア・カラス``なぞでこのオペラの洗礼を受けるのだろうが!しかしこのレコードの寄せ集め的なメンバーの演奏は今聴いても第一級ではないかと思っている。ニルソンのブリュンヒルデみたいなトスカは違和感を感じるかもしれないがリングでおなじみのニルソンだから自分にとって何の違和感もない。そして圧巻はコレルリである。第一幕のアリア「妙なる調和」やその後の二重唱のコレルリはこれ以上の歌唱が考えられないくらい素晴らしいと思う。ディースカウのスカルピアも少々わざとらしいが立派なんもの。マゼールだって変なプッチーニではない。

その後どのレコードを聴いても満足できなかった。今ではほとんど聴かなくなった。理由は陰惨な第二幕を何回も反復で聴く気にならなくなったからである。この幕はスカルピアのクレドみたいな品性下劣な歌で始まり、カヴァラドッシへの拷問、トスカへの愛の強要、最後はトスカによるスカルピアの殺害であるからすさまじい。いかにプッチーニの音楽が素晴らしいとはいえこの曲を何回も聴く気にはならない。「歌に生き恋に生き」があってやっと救われるような気になるが。もっともこの曲はドラマの流れを悪くするという向きがあるが、もちろん劇としてはそうかもしれないが,だからこそオペラなのだと自分は思う。そこにアリアをいれるかいれないかがオペラと演劇の分かれ目の様な気がする。

閑話休題

今日の演奏はどうだったか。結論をいえばこの名曲を十分楽しめる演奏だったと思う。
3人の主役はいずれも新国立初登場だがそれぞれ立派な歌唱であったが,それより何より演出によるものであろうが,演技に不自然さがなく実に芝居がうまいと思った。全然わざとらしさがないのである。この演出の公演は何年目かわからないが少なくても自分は3回は聴いているのでやはり練れてきているのではないだろうかと思われる。こういうことがあるから新演出も良いが過去の演出のものを丁寧に再演するのも楽しみなのである。

トスカ役のタマーはグルジア出身である、決して輝かしい声ではない。どちらかといったら豊かな声であるが張り上げると少々細身になるが決して嫌な声にはならない。グラマラスなトスカではなく女性的(変な表現かも)なトスカであるように感じた。
カヴァラドッシはウルグアイ出身のイタリア人、最初弱音がかすれた声で心配したが妙なる調和もピークではしっかりと声が出ていた。全体に硬質な声。星は光りぬも感動的。
スカルピアはスエ―デン出身、声量はあるが少々キンつく声。一幕のテデウムは少々辛かったが二幕はよかった。
全体でよかったのは二幕で非常に劇的で今まで聴いた中で最も劇的な演奏の様に感じた。指揮のシャスランのドライブによるものかもしれない。東フィルもそれに応えて熱演だった。

この公演のもう一つの見どころは装置である。最近の新演出のオペラはほとんどがはりぼてのシンプルなもので、それを映像なんぞでごまかしているのが多い中でこの公演は実にゴージャス。一幕の教会の礼拝堂、そしてスカルピアのテデウムのシーンでは教会全体が舞台一面に広がる、二幕はスカルピアの執務室、これもかなり丁寧に作りこまれている。そして三幕のサンタンジェロ城も二階構造になっていて一階部分がお城の城壁でカヴァラドッシの処刑場でもある。地下一階部分が牢獄になっていて最初はお城だけだがカヴァラドッシが入牢すると地下部分がせりあがってくるという凝ったもの。照明も効果的だったと思う。演出、装置ともかなりト書きに近いように思った。こういう公演がたまに入ると何かほっとするのは私だけだろうか?
                               おわり

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