2019年7月14日
出身成分

「出身成分」松岡圭祐著、角川書店
これは驚愕の作品だ。なぜなら北朝鮮を舞台にしたミステリーであるからだ。脱北者からのヒアリングをもとに著者がフィクションに仕立てたようだ。小説だがあたかもそれは今の北朝鮮が彷彿とする描写である。
 ピョンヤン郊外の保安署員(警察のようだが調査能力は日本の警察に比べるとまるでない)のクム・アンサノは11年前の殺人・強姦事件の再捜査を命じられた。北朝鮮でも幾分人権と云うことが意識されるようになってきたことが背景にある。再調査をしたアンサノはその杜撰さに驚くと同時に何かが隠されているという疑問を持つようになる。彼の父親は北朝鮮高官の暗殺容疑で管理所(政治犯用の刑務所)に収容されているのだ。だが父は自白しない。物語ではこの二つの事件が配置されるがはたして関係があるのだろうか?驚愕の終盤まで気の抜けない物語の連続である。
 タイトルの出身成分とは北朝鮮の階級制度のようなもので最上級は核心階層(全体の30%)、次が動揺階層(50%)、動揺階層は江戸時代の農民のように地域に縛られ移動ができない、そして最下級は敵対階層(20%)、この層の人々は超極貧の生活を強いられる。作品の中のヘギョン母子の描写は正視に堪えない。この階級はほぼ固定で家族まで適用される孫-・子の代で変化があれはやっと変わる可能性が出てくるがよほどのことがなければない。
 アンサノの父がもし犯罪を自白したらアンサノは一気に敵対階層に落とされる。彼はもともと核心階層だったのである。
 北朝鮮の農村の組織に組み込まれた農民や保安署をはじめとした官吏たちの描写も細やか。印象的なのは海外の知識が少しでもあるアンサノや上級官僚のビン・ブギョルらは「いまの北朝鮮も日本や韓国も変わりはしない。韓国だって金持ちと貧乏人の貧富の差が大きいし極貧の人々も多い。日本も貧富の差が大きい。アメリカだってラストベルトのように生活がやっとの人々が多くいる。北はちょっと遅れているだけだ」と異口同音に云っていることだ。これは本音か言わされているのか?ひょっとしたら日本体制だって北と五十歩百歩かもしれないのだと思わせられるのは北の罠なのだろうか?
 これは問題の作品だ。話題にならなければおかしい。